1938年10月30日、ハロウィンの前日、日曜日の午後8時に問題のラジオ番組は始まった。

「CBSネットワークが今夜、みなさまにお送りするのは、オーソン・ウェルズとマーキュリー劇場によるラジオドラマ、H・G・ウェルズの《宇宙戦争》です」。

 こんな平凡なイントロダクションのラジオ番組に全米が震撼するとは、いったい誰が予想できただろうか?。否。たった一人だけ予想していた人物がいる。この騒動の仕掛人、オーソン・ウェルズその人である。

「みなさん、今晩は。オーソン・ウェルズです。
 20世紀初頭から、この地球が人間よりも知力の優れた者たちに監視されていることは周知の事実です。彼らは不死ではないまでも、人類より遥かに高度な知能と文明を持っています。私たちは多忙な毎日を送っていますが、その間にも彼らに監視され続けているのです。そう。私たちが顕微鏡で一滴の水の中に群がる生物を観察するように、彼らも私たちを研究しているのです」。

 H・G・ウェルズ《宇宙戦争》は幼年期の私のお気に入りの小説だった。学校での図書の時間に繰り返し読んだものである。タコ型の火星人が地球に攻めてくるという設定は少々稚拙だが、地球人はあたふたするだけで、火星人を退治したのはバクテリアだった、地球上の最も個体数の多い微生物が火星人の天敵だった、という皮肉な結末が何度読んでも面白かった。オーソン・ウェルズがこの小説に魅せられたのも。この結末ゆえだろう。
 しかし、他のマーキュリー劇団のメンバーたちは《宇宙戦争》にあまり乗り気ではなかった。空想的過ぎて現実味がない。そうでなくても《マーキュリー劇場》の聴取率は悪かった。前回の放送はわずか3.6%。番組にはテコ入れが必要だったが、火星タコの襲来は、誰の眼から見てもテコとしてふさわしくはなかった。
 しかし、若干23歳、怖いもの知らずのオーソン・ウェルズには一つの思惑があった。
「侵略ものをニュース形式で放送したらどうなるだろう?」。
 このイタズラをお咎めなしで遂行するためには「空想的過ぎて現実味がない」物語でなければならなかった。



 一方、ラジオ番組はというと、ウェルズのイントロダクションが終わると、アナウンサーが天気予報を始めた読み始めた。もちろん、劇中の予報である。

「今後24時間、温度に変化はないでしょう。原因不明のかすかな大気の乱れがノバスコシアで記録され、そのため低気圧がやや急速に東北の諸州に向けて南下中です。現在、やや強い風を伴った雨の予報が出ています。この天気予報は政府気象台の発表によるものです
 さて、これからみなさんをニューヨークのパーク・プラザ・ホテルはメリディアン・ルームへと御案内しましょう。ラモン・ラケーロ・オーケストラによる演奏をお楽しみ下さい」。

 マイクは中継へと移り、歓声と共に架空の楽団の演奏が始まる。そして、ラテンのスタンダード・ナンバー《ラ・クンパルシータ》が1分ほど流れて、番組は突然中断する。

「臨時ニュースを申し上げます。ただいま当CBSネットワークに速報が入りました。中央標準時8時20分前、イリノイ州シカゴ、マウント・ジェニングス天文台のファーレル教授は、火星で白熱光を伴う定期的なガス爆発を観測しました。分析の結果、ガスは水素ガスであることが判明しました。光は現在、非常な速度で地球に向かっています。この件に関しましては続報が入り次第、みなさまに御報告致します。それまでラモン・ラケーロの音楽をお楽しみ下さい」。

 そして、放送は《ラ・クンパルシータ》に戻った。聴く者の多くは《マーキュリー劇場》のことなど忘れてしまった。

 この巧みな脚本は、後の《カサブランカ》の作者、ハワード・コックのペンによる。しかし、その「仕掛け」を思いついたのはウェルズだった。ウェルズの指事を受けたコックは憮然とした。この英国製の19世紀SFを現代アメリカに置き換えるためには、ほとんどオリジナル作品に作り変えなければならない。しかも、与えられた時間は次の放送までの6日間。連日に渡る書き直しの要求にコックは「二度と繰り返したくない経験」だったと後に語っている。