私が性に関するサブカルチャーに興味を持ったのは、18の時に伊藤俊治氏の「セックス・シアターのフリークス」という論文を読んだ時からだった。セダ・バラから始まり、マリリン・モンローやジェーン・マンスフィールドを経て、ハーシェル・ゴードン・ルイスの血みどろ映画やラス・メイヤーのおっぱい映画、ジョン・ウォーターズの悪趣味映画に寄り道し、マリリン・チェンバースやリンダ・ラブレイスといったハード・コア女優や、遂にはスルカという両性具有女優(男優?)に至るというこの論文はとにかく圧巻だった。
 それは心霊現象以上に「あなたの知らない世界」だった。以来、私はマメにその方面の文献を読み、映画等の資料を漁った。そして、今ではすっかり、その方面の専門家になってしまった(笑)。
 そんなわけだから、この《悲惨な世界》でも、以後、たびたび上に列挙したような事柄が登場する。その第一弾たる本章は「セダ・バラからジーン・ハーロウまで」。サブ・タイトルは仮に「グラマーの原形が作られるまで」としておこう。

 ハリウッド最初のセックスシンボル、セダ・バラが銀幕デビューを飾ったのは1914年のこと。ハリウッドに映画産業が集中し始めたのが1912、3年のことだから、かなり早い時期である。彼女はデビュー作《愚者ありき》で男どもを片っ端から破滅に陥れる悪女を演じ、原題《ヴァンパイア》からの造語「ヴァンプ=毒婦」の呼称を一躍世間に広めた。
 セダは完全に作り上げられた女優であった。本名はセオドシア・グッドマン。オハイオ出身のこのユダヤ娘は、いつの間にかフランス人とアラブ人との混血ということになっていた。その芸名は「ARAB DEATH」(毒婦のスラング)のアナグラムであり、彼女の私生活はその怪しげな名前と同様、謎に包まれていた。彼女は目鼻立ちを異常に強調したメイクのままで自宅とスタジオの間を往復した。もちろん、尾行されないように護衛付きだ。映画会社が考え出した彼女のキャッチコピーが振るっている。
「セダ・バラ。50人の男をムチャクチャにし、その家族150人を苦しめた女」。


 セダはその後、クレオパトラやカルメン、サロメといった歴史的毒婦を次々と演じて人気を博した。また、映画会社も彼女に続くヴァンプ女優を続々と輩出した。やがて第一次大戦が終わり、狂騒の20年代が訪れると、スクリーンはまさにヴァンプ花盛りと化した。
 しかし、狂騒の20年代はスキャンダルの時代でもあった。でぶ君ことロスコー・アーバックルが強姦殺人事件に巻き込まれ、チャップリンがフェラチオに悩まされた。他にもメイベル・ノーマンド、メアリー・マイルズ・ミンター等、スキャンダルのために再起不能となったスターは数知れず。ハリウッドは「悪徳の都」の烙印を押され、映画会社は自粛を余儀なくされた。このような状況の中で、ヴァンプ映画は作られなくなっていく。

 ところで、ここで特筆しておかなければならないのは、ヴァンプ映画が終焉を迎える直前に、その有終の美を飾る傑作が作られているという事実である。その映画とは、今なお絶大な影響力を誇るカルト・ムービー《フリークス》である。


 

 物語は簡潔に云えば、サーカスの畸形たちによるヴァンプ女優オルガ・バクラノヴァへの復讐譚である。小人のハンスはたいそうな資産家だった。遺産が舞い込んだのだ。これを聞きつけた空中ブランコ嬢クレオパトラはハンスを誘惑する。彼と結婚して殺害し、財産を着服しようという腹なのだ。クレオパトラはハンスの食事に砒素を盛る。しかし、これを畸形たちに見られてしまう。彼女の企みを知ったハンスは呟く。
「畸形めッ。思い知るがいい」。
 このシーン、本当に背筋がゾッとするほど恐ろしい。つまり、畸形は彼女の方なのだということを観客は改めて認識させられるのである。
 映画の終盤、復讐を受けたクレオパトラは見るも無惨な最後と遂げる。首から下はアヒルにされて見世物小屋に売られてしまうのだ。かくして、ヴァンプは本性を晒してフェイドアウトして行くのである。