ナジレヴのエンジェル・メーカー
The Angel Makers of Nagyrev (ハンガリー)


 

 前代未聞のトンデモない事件である。殺人村が存在したのだ。小説や映画の話ではない。比較的近年の実話である。

 ナジレヴは、ハンガリーはプタペストの南東100kmほどの、ティサ川沿岸の村である。90年ほど前の当時は病院は疎か、医者さえもいなかった。村の医療は一人の助産婦に委ねられていた。ユリウシュ・ファゼカシュ。彼女がいなければ、推定300名もの人々が殺されることはなかった。

 そもそもの発端は第一次世界大戦だった。村の男たちはみな戦場に駆り出されていた。そして、村のはずれに捕虜収容所ができた。つまり、男に飢えた村に、女に飢えた集団が引っ越して来たのである。村全体がハレンチ天国と化すのはむべなるかな。うら若き娘から、みのもんたが云う「お嬢さん」のような高齢者までもが愛人の2、3人はいるという夢のような毎日。しかし、浦島太郎はいずれ竜宮城を去らねばならない。戦場から夫が1人、2人と帰還して、家長づらをし始める。村の死亡率が急上昇したのはそれからである。

「お嬢さん」たちが相談したのは、みのもんたではなく、先の助産婦だった。ファゼカシュは毒の抽出法を知っていた。ハエ取り紙を煮れば砒素を抽出できるのである。かくしてハレンチ天国は殺人地獄と化した。当初は邪魔な夫を始末するだけだったが、その矛先はやがて喧しい姑、煩わしい隣人そして腑甲斐ない息子にまで向けられた。総勢50名余りにも及んだ「お嬢さん」たちは自らを「ナジレヴのエンジェル・メーカー」と名乗り、暗殺部隊を組織するまでに至った。

 こんな空前絶後の殺人村に手が入ったのは、最初の殺人から15年も経過した1929年のことである。ワインに毒を盛ったとしてサボー夫人が告発されたのだ。サボーは仲間のブケノヴェスキ夫人を巻き添えにし、ブケノヴェスキは元締めファゼカシュの名を吐いた。蒼醒めたファゼカシュは「お嬢さん」たちに告げて回った。
「みなさんの楽しかった日々はもうおしまいです」
 愚かなことに、ファゼカシュは尾行されていることを知らなかった。かくして、彼女が告げて回った38名が続々と逮捕され、うち26名が訴追されて、8名が死刑、7名が終身刑、残りの者もそれぞれ罪を償うこととなった。絞首刑に処された8名は、見せしめとして腐敗するまで吊るされていたという。

 なお、元締めのファゼカシュはこの制裁を免れた。「もはやこれまで」と悟るや、自ら毒を呷ったのである。


参考文献

『連続殺人紳士録』ブライアン・レーン&ウィルフレッド・グレッグ著(中央アート出版社)


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