ニューオリンズの斧男
The Axeman of New Orleans (アメリカ)



『The Mysterious Axman's Jazz』

「アックスマン」というと何やらカッコいいが、所詮は凶悪な人殺しに過ぎない。ニューオリンズにおいて1918年から19年にかけて猛威を振ったが、結局、未解決に終わっている。
 その手口はいつも同じ。ドアの羽目板を破って押し入り、一撃を喰らわす。血みどろの斧は必ず現場に遺棄されており、物盗りが動機ではない。まるで鬼かなまはげの凶行だ。しかし、シンプルな犯行にも拘わらず、事件を巡る事情は思いのほか複雑である。

「アックスマン」の最初の犯行は1918年5月23日深夜のことである。被害者は食料品店を経営するイタリア系の夫婦だった。ジョー・マッジオは斧の一撃を喰らった後、剃刀で喉を掻き切られていた。夫人のキャサリン・マッジオは首を切り落とされ、皮一枚で胴体につながっていた。
 現場から1ブロックほど離れた鋪道には謎の落書きが残されていた。
「トニー夫人と同じように、マッジオ夫人も今夜は眠れない」
 これを見た警察は、7年前の事件を思い出した。やはり食料品店を経営する3組のイタリア系夫婦が斧で惨殺されていたのだ。クルティ夫妻、ロセッティ夫妻、そしてトニー・シャンブラ夫妻である。「トニー夫人」とは「トニー・シャンブラの夫人」のことなのだろうか?
 そうだとして、同じ犯人の犯行だとすれば、「アックスマン」の最初の犯行は7年前に遡ることになる。

 それから1ケ月後の6月28日、配達に来たパン屋がルイス・ベスメルの食料品店の裏口を叩くと、頭から血を流したベスメルがよろめきながら現れた。屋内では内縁の妻ハリエット・ロウが血みどろで倒れていた。浴室で発見された凶器の斧はベスメル自身のものだった。ハリエットにはまだ息があり、犯人はベスメルだと告げて死亡した。ベスメルは8月5日に逮捕されたが、翌年4月に無罪放免になった。彼が逮捕されたその夜に「アックスマン」がまた現れたからである。
(これについては疑問が残る。ルイス・ベスメルが「アックスマン」ではないとしても、ハリエット・ロウを殺したのは彼ではないとは断定できない)

 ベスメルが逮捕された8月5日の夜遅く、勤務先から帰宅したエドワード・シュナイダーは、妊娠中の妻が血の海に倒れているのを発見した。幸いにも一命は取りとめ、子供も無事に出産された。

 5日後の8月10日、年輩のジョセフ・ロマーノが新たな犠牲者となった。寝室が騒がしいので姪が覗くと、黒いスローチハットの大男がロマーノに一撃を喰らわせていた。姪が悲鳴をあげると、男は脱兎の如く消え失せた。

 さあ、この頃になるとニューオリンズ中がパニックに見舞われた。それはさながら「切り裂きジャック」に怯えたロンドンの如き。ところが「アックスマン」はしばらく影を潜める。再び現れたのは翌1919年3月10日のことである。食料品店を経営するイタリア系の一家が襲われたのだ。主人のチャールズ・コーティミグリアと夫人のロージーは一命と取り留めたが、2歳の娘、メアリーは助からなかった。
 回復したロージーは、やはりイタリア系の同業者、ジョルダーノ親子が犯人だと云い出した。夫のチャールズは「絶対に違う」と断言したが、ロージーは引かなかった。結果、ジョルダーノ親子は逮捕され、父ヨルランドは終身刑、子のフランクは死刑を宣告された。

 なお、コーティミグリア夫妻襲撃の3日後、地元の新聞に「アックスマン」からの「犯行予告」が送られて来た。
「次の木曜の12時15分にまたニューオリンズを訪れる。ジャズをかけている家は襲わない」
 これを受けて『The Mysterious Axman's Jazz』を作曲する剽軽者も現れたが、結局「アックスマン」は現れなかった。この「犯行予告」はお調子者のイタズラだと思われる。

 再び「アックスマン」が現れたのは5ケ月後のことである。
 8月10日、イタリア系の食料品店主、スティーヴ・ボカが襲われた。幸いにも一命は取り留めた。
 9月3日、19歳のサラ・ローマンが襲われた。彼女もまた一命は取り留めた。
 10月27日、イタリア系の食料品店主、マイク・ペピトーネが襲われた。残念なことに、このたびは助からなかった。そして、彼が「アックスマン」最後の犠牲者となった。

 結局「アックスマン」は誰だったのだろうか?
 有罪となったジョルダーノ親子だろうか?
 否。彼らはメアリー・コーティミグリアでさえも殺していない。1920年12月7日、彼らを有罪に追い込んだロージィ・コーティミグリアが地元の新聞社に飛び込み、このように泣き叫んだのだ。
「嘘なの! 真っ赤な嘘だったのよ! 嗚呼、神様、お許しください! 私は悪い女でした!」
 夫のチャールズ(「絶対に違う」と断言した)に離婚され、その上に天然痘を患ったこの女は天罰だと思ったらしい。偽証の理由は「嫌いだったから」。こういうバカが生き延びるのだから神も仏もありゃしない。ジョルダーノ親子が直ちに釈放されたことは云うまでもない。

 他に有力な容疑者がいないこともない。それはジョセフ・マンフルという男である。彼は1920年12月2日、路上で或る女に射殺された。その女はなんと、最後の犠牲者マイク・ペピトーネの未亡人だった。そして、マンフルこそが「アックスマン」だと主張したのである。
 本当だろうか? 作家のコリン・ウィルソンは肯定的である。
 マンフルは前科だらけの大悪党で、1911年の3組の事件の直前に出獄、その後、別件で逮捕されて7年間ムショに居た。そして、1918年、一連の犯行の直前に出獄。中休みの1918年8月から1919年3月までは再びムショ暮らし。そして、最後のペピトーネ殺しの直後にニューオリンズを離れている…。おいおい、マジかよ。こりゃホンボシだよ。
 では、何故に「イタリア系の食料品店主」ばかりを狙ったのか?
 この点について、ニューオリンズのマフィアとの関連を示唆する見解が古くから有力だが、ウィルソンの推理は極めて単純明快だ。

「この男はサディストで、男性ではなく、女性を襲うことを目的としていたことは確かである。(中略)これら食料品店はどれも、小さな構えの店である。小さな店では、魅力的な妻がカウンター越しに客に対応することが多く、人目に触れやすい」

 単純明解過ぎてバカらしくなるが、案外ここら辺が正解なのかも知れない。


参考文献

『連続殺人紳士録』ブライアン・レーン&ウィルフレッド・グレッグ著(中央アート出版社)
『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)
『殺人の迷宮』コリン・ウィルソン著(青弓社)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)
『SERIAL KILLERS』JOYCE ROBINS & PETER ARNOLD(CHANCELLOR PRESS)


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