ケネス・バーロウ
Kenneth Barlow (イギリス)



バーロウ夫妻

 1957年3月初め、イングランド北部ブラッドフォードの或る開業医がケネス・バーロウと名乗る男に電話で呼ばれた。なんでも妻が浴槽で溺れたというのだ。まるで「浴槽の花嫁」である。

「妻のエリザベスはもともと虚弱体質で、今夜も具合が悪くてベッドで吐きました。それを洗い流すために妻は浴室に向ったんです。私はいつのまにか眠り込んでしまいました。夜中に眼を醒ますと妻はまだ戻っていません。どうしたのかと見に行くと、妻は浴槽に沈んでいました。慌てて引き上げて人工呼吸を施しましたが、もう手後れでした」

 あり得ない話ではない。夫人の身体にも暴行の痕跡はない。しかし、医師は不審に思った。人工呼吸を施したというバーロウのパジャマがまったく濡れていないのだ。夫人の瞳孔が散大しているのも妙だった。
 遺体を綿密に調べ上げた検視官は臀部に注射の痕を発見した。そして、その周囲の皮下からはインシュリンが検出された。つまり、バーロウ夫人は死の数時間前に大量のインシュリンを投与されていたのである。そのために嘔吐し、ショック症状を起こして瞳孔が散大したのだ。

 バーロウの職業は看護師だった。インシュリンを手に入れることは容易である。もちろん注射はお手のものだ。更に聞き込みにより決定的な証言を得た。バーロウは勤務先の同僚に「インシュリンは血液に吸収されるので、完全犯罪の手段として最適」と自慢げに語っていたというのだ。
 これに対してバーロウの弁護人はこのように弁明した。
「浴槽で足を滑らせた夫人は、狼狽して反射的に大量のインシュリンを分泌してしまった」
 死んでしまうほど大量に分泌されることはありませんと専門家に窘められたバーロウは、有罪となり終身刑に処された。仮釈放が認められたのは、26年後の1984年のことである。


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)


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