ミスター・ブラウン(仮名)
Mr. Brown (イギリス)





ブラウン氏(仮名)が製作した模型

『LUSTMORD : The Writings and Artifacts of Murderers』という本がある。副題の通りに、殺人者が書いたり描いたり造ったりしたものを集めた本だ。著者のブライアン・キングはゲイシーの絵画展やマンソンのビデオを手掛けた人で、いわばその道のマニアである。
 目次には有名な殺人者の名前がズラリと並ぶ。メアリー・ベル。サムの息子ことデヴィッド・バーコウィッツ。アルバート・フィッシュ。ハーヴェイ・グラットマン。ウィリアム・ハイレンズ。ポーリン・パーカー。ジェラルド・シェイファー。ゾディアック。その中に一般には殆ど知られていないが強烈な印象を残す者が一人いて、それがこのミスター・ブラウン(仮名)である。

 以下の物語は、アラン・アッシャーという医学博士が英国の法律雑誌に執筆した論文『はらわたを抜かれた人形の症例』に基づくものである。
 南ヨークシャーの中学校で生物の教師をしていたブラウン氏(仮名)は、副業として人体模型を製作していた。それは高さ60cmほどの教材で、リアルに彩色され、臓器を取り出せるようになっていた。

 1966年11月の或る日のこと、極度の精神的疲労を校長に訴えたブラウン氏(仮名)は早退した。それから2日経てども何の音沙汰もない。心配した校長は帰りにブラウン氏(仮名)の家を訪れた。明かりは消えており、呼び鈴を鳴らしても返事がない。どうにかドアをこじ開けて中に入った校長は、信じられない光景を目の当たりにした。
 居間の長椅子には寝巻き姿のブラウン氏(仮名)が横たわっていた。既に死んでいたが、指の間には煙草が挟まっている。その手は血だらけだ。近くには錠剤の瓶がいくつもあり、薬物を大量に服用して自殺したのだと思われた。
 2階の各々の寝室では、夫人2人の子供が惨殺されていた。いずれも眠っているところを鈍器で殴られ、喉を切り裂かれている。6歳の息子の腹部にはいくつもの刺し傷があり、そこから内臓が飛び出していた。

 捜査の結果、彼は過去に2回ほど精神病院に入院していることが判明した。その際に彼は、見る者を畏怖させるほどに残酷な絵画や模型を製作している。そのほとんどは怪物が女のはらわたを抉り出しているものであった。左写真がそのうちの一つである。
 また、近年も精神科医に通い、妻子を殺してしまうのではないかと脅えていたという。実は犯行があった晩に、妻がこの精神科医に電話で助言を求めている。彼女はその日の夫がいつもと違うことに気づいていたのだ。しかし、医師は鎮静剤で抑制できると思ったらしい。その診断が誤りであったために惨劇は引き起こされたのである。

 アッシャー博士は遺体が発見された翌朝にブラウン氏(仮名)の家を訪れ、その奇妙なインテリアに驚愕した。すべての部屋が派手な原色で塗りたくられていたのである。
 1962年に退院したブラウン氏(仮名)は、少なくとも見かけでは完治したかに思えた。しかし、そうでなかったことは明らかだ。彼の狂気は人体模型を造ることと部屋を原色に塗り替えることでこれまで昇華されていたに過ぎなかったのだ。そして、それが限界に達した時、矛先が妻子に向けられたのである。


参考文献

『平気で人を殺す人たち』ブライアン・キング著(イースト・プレス)


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