エド・ゲイン
Edward Gein (アメリカ)



エド・ゲイン

 エド・ゲインはおそらく映画史に最も影響を与えた人物だろう。彼がいなければ『サイコ』も『悪魔のいけにえ』も『羊たちの沈黙』も作られることはなかった。彼は現代アメリカの悪夢を象徴する存在であり、その無垢だが邪悪な魂は今日もなお生き続けているのである。

 アメリカの中北部、ウィスコンシン州の中央に位置する広大な平原の真ん中に、プレインフィールドという人口600人の小さな町がある。「何もない平原」というその名の通り、本当になんにもないところである。視界に映るのはどこまでも続くライ麦畑のみ。住民の娯楽は鹿狩りと、1杯のビールぐらいしかなかった。

 1954年12月8日、この町で酒場を営むメアリー・ホーガンという体格のいい中年女性が行方不明になった。シーモア・レスターという農夫が一杯やろうと店に入ると、中には誰もいなかった。おかみを呼べども返事がない。カウンターの中を覗いて仰天した。床が血だまりになっていたのである。
 通報を受けたハロルド・シンプソン保安官は、床に転がる32口径ライフルの薬莢と、引きずられた血の痕を発見した。誰かがホーガンを射殺し、その遺体を持ち去ったらしい。しかし、何のために? 現場には争った形跡はないし、レジも手つかずのままだ。動機がまったく掴めなかった。

 事件から1ケ月が経過しても事態は進展しなかった。もともと娯楽の少ないこの町は「何がメアリーに起こったのか?」の噂で持ちきりになった。この町で製材所を営むエルモ・ウエックも、塀を直しに来ていた男にこの話題を振った。
「なあ、エディ。お前がもし本気でメアリーを口説いていたら、彼女は今頃、お前の家で夕食を作っていただろうな」
 ウェックはこの男がメアリーに気のあることを知っていた。たいして酒も飲めないクセに、メアリーの店に通い、しきりに彼女の様子を窺っていたのである。すると、男は笑いながらこう答えた。
「かのじょはいなくなってなんかいないよ。いまもうちにいるよ」
 ご紹介しよう。この男がエド・ゲインである。



ゲインの家


バーニス・ウォーデンの店

 エド・ゲインは、プレインフィールドの西のはずれに住む五十代の無口な男だった。1947年に母親が死んでからは天涯孤独となり、農作業もせずに、町のなんでも屋としてブラブラしていた。少々おつむが弱いのが玉に瑕だが、頼んだ仕事をイヤな顔一つせずに手伝ってくれるので、住民たちは重宝していた。
 つまり、住民たちの彼の評価は「バカだが善人」。いわば「長家の与太郎」のような存在であり、そんな彼が血生臭い犯罪に関わっているなどとは誰一人として夢にも思っていなかった。だから、先の自白とも取れる「いまもうちにいるよ」発言も「エディが珍しくジョークを云った」程度にしか思われていなかったのである。

 3年後の1957年11月16日、今度は金物屋を営むバーニス・ウォーデンが行方不明になった。先のメアリー・ホーガンと同じような背格好のおばさんで、26年前に夫に先立たれてからは店を1人で切り盛りしていた。
 その日は鹿狩りの解禁日で、男たちはみな森に出掛けていた。町は閑散としていたが、ウォーデン夫人だけは店を開き、1人で店番をしていた。息子のフランクが帰って来たのは日が暮れた頃だ。店は明かりが灯っているにも拘わらず鍵がかかっている。不審に思って合鍵で中に入ると、まずレジがなくなっていることに気づいた。そして、床が血だまりになっている。フランクは慌てて保安官に通報した。新任の保安官アート・シュレーが駆けつけた時には、フランクは下手人の見当をつけていた。
「あいつがやったことは判っているんだ」
「誰が?」
「エド・ゲインさ」
 そう云うと、フランクは血まみれの紙切れを保安官に差し出した。それはエド・ゲインに宛てられた本日唯一の売上伝票だった。

 その日に起きたことを後の証言に基づき再現してみよう。
 男たちがみな鹿狩りに出掛けた午前8時30分頃、エド・ゲインがウォーデンの店に現れた。ウォーデン夫人は顔をしかめた。最近、この男から頻繁に色目を使われ、デートに誘われていたのである。しかし、客は客だと自分に云い聞かせ、いつものように愛想よく応対した。ゲインは不凍液を注文して代金を支払い、
「ライフルをかえたいんだけど、みしてもらっていいかな」
 と隅の棚から22口径のライフルを手に取り、品定めをするふりをしながら弾を込めると、夫人の頭に狙いを定めて引き金を引いた。即死だった。
 次にゲインを目撃したのはエルモ・ウエックである。彼はゲインの所有地で鹿を仕留めたところで、彼が運転するフォードのセダンにはち合わせた。「ヤベえ、エディに怒られる」と思ったが、ゲインは愛想よく手を振り、何を急いでいるのか、そのまま走り去っていった。
 午後になって、近所に住むボブ・ヒルと妹のダーリーンが「車のバッテリーが切れたので、町まで車に乗せてくれないか」とゲインに頼みに来た。奥から現れたゲインの両手は血まみれだった。
「シカをさばいていたんだよ」
 ゲインはそう云ってニヤニヤと笑ったが、兄妹は不審に思った。彼は常日頃から「けものをさばくのはきらいだよ。ちをみるだけできをうしないそうになる」と云っていたからだ。だからこそ彼は鹿狩りに出掛けないのである。しかし、まあ当人がそう云うんだからそうなのだろうと、血を拭ったゲインに町まで送ってもらった。そして、御礼としてゲインを夕食に招いた。



極めて不潔な台所


整然としたお母さまの部屋

 ゲインがヒル家の夕食に舌鼓を打っていた頃、シュレー保安官はフランクと共にゲインの家へと向った。家の中は真っ暗で誰もいない。2人は裏手に建て増しされた台所に踏み込んで、懐中電灯をかざした。
 天井から何かがぶら下がっていた。
 Yの字型のそれは、逆さ吊りされた人間だった。陰部から胸部に至るまでが縦一文字に切り裂かれて、はらわたをすべて抜かれている。首も切断されていた。
 あまりのことに言葉もなかった。フランクは、その異形の物体が変わり果てた母の姿であることを悟るや泣き叫んだ。新任の保安官は外に飛び出し、雪上に胃の内容物をぶちまけた。

 ゲインの家を捜索した警察は、恐怖を通り越して、笑うほかなかった。ベテランの捜査官でも、ここまで凄まじい光景は未だかつて見たことがなかった。
 まず、その不潔さに驚かされた。部屋の中には汚れたままの食器や腐りかけた残飯、空き缶や空き瓶、その他さまざまな汚物が所狭しと散らばっていた。昨今、我が国でも「ゴミ屋敷」が方々で問題になっているが、まさにあんな感じである。噛みかけのチューインガムがいっぱい詰まった缶もあったりして、
「これをまた噛むのかよ!」
 と思うと総毛立ってくる。
 食器類の中には不思議な形のものがあった。よくよく見れば、それは人間の頭蓋骨の上半分を切り取って加工したものだった。棚を見上げればズラリと頭蓋骨が並んでいる。ベッドの柱も頭蓋骨で飾られていた。
 椅子の肌触りも変だった。おいおい、こりゃ何の皮だい? 思った通り、人間の皮だった。この他にもランプシェードやゴミ箱、太鼓、ハンティングナイフの鞘が人間の皮で出来ていた。ベルトは女性の乳首で飾られ、ブラインドの紐にも唇がついていた。
 人喰い人種が作るという「干し首」も9つ見つかった。どれも髪の毛は生前のままである、中には化粧を施されているものもある。その1つが3年前に失踪したメアリー・ホーガンのものだった。
 バーニス・ウォーデンの切断された頭部も発見された。両耳には紐が通されており、壁飾りとして吊せるように加工されていた。彼女の新鮮な心臓はオーブンの上の鍋の中で調理されるのを待っていた。
 まだまだ続くよ。よろしいか?
 古ぼけた靴箱の中には9つの女性器コレクションがあった。ほとんどが乾いて縮んでいたが、1つだけは銀色に塗られ、紅いリボンで飾られていた。もう1つはとれとれの新鮮なやつで、保存用に塩がまぶされていた。
 鼻だけが詰まった箱もあった。
 人肌マスクも9つも見つかった。それは丁寧に人体から剥がされたものだった。
 極め付きは人肌チョッキである。おっぱいがちゃんとついており、着ると女性に変身できるという優れものだ。ゲインはおそらく、これを着て、マスクをつけて、女になったつもりで自慰に耽っていたのではないだろうか? いずれにしても、人間の所業とは思えない。悪魔の仕業である。
 一方で、整然とした部屋もあった。それはゲインの母親の部屋であった。10年前に死んだ時からそのままの状態で保存され、誰も入れないように封印されていたのである。
 諸君、この部屋が『サイコ』の原形である。



ゲインの「恐怖の館」を覗く野次馬たち

 さて、ここでエド・ゲインという極めてユニークな男の生い立ちをおさらいしておこう。
 エド・ゲインは1906年8月27日、オーガスタ・ゲインの第2子として生まれた。彼女は極めて禁欲的な女性で、性交は「子作りのためにのみ神から許されたもの」と固く信じていた。だから、彼女はおそらく生涯でたった2度しか性交していない。それもイヤイヤにである。そんなクソみたいな女とどうして夫婦になったのよ、ジョージ・ゲイン。恵まれないセックスライフ故に彼は酒に溺れ、オーガスタに暴力を振った。殴られた彼女は、夫の死を神に祈った。その願いは1940年に叶えられた。
 息子であるヘンリーとエドの兄弟は、オーガスタにより極めて禁欲的に育てられた。彼女は聖書の「ノアの洪水」を読んで聞かせ、「女と交わると天誅が下る」と嘘ばっかりを教え込んだ。それでも、ヘンリーは社会性のある人間に育ったようだが、エドは母ベッタリのキチガイに育った。

 1944年5月16日、兄ヘンリーが山火事で死んだ。当初は事故とされていたが、今ではエドが殺したとする説が有力である。エドはヘンリーに「お前は母に近すぎる」と批判されたことを根に持っていた。エドにとって、自分への批判は母への批判でもあった。つまり、エドは母に逆らう兄に「天誅」を下したのである。
 1945年12月29日、ヘンリーの後を追うかのように母オーガスタも脳卒中で死亡した。唯一絶対の存在であった母の死がエドに何を齎したのかは知るよしもないが、これを境に妄想の世界へとのめり込んでいったことだけは確かである。

 以前からパルプ雑誌に掲載された人喰い人種や首狩り族のおはなしが大好きだったエドは、ナチスのおはなしにも興味を抱いた。とりわけて、人間の皮でランプシェードを作ったイルゼ・コッホがお気に入りだった。また、19世紀のエジンバラで墓を荒らして死体を売っていたバークとヘアの物語にも心を奪われた。更に、当時話題になっていた「性転換した元英雄」クリスチーネ・ヨルゲンセンにも魅せられた。
「おちんちんをきっておんなになるってどういうことだろう?」
 こうしたバカの妄想が頭の中でぐるりぐるぐる渦巻いて、彼の恐るべき犯行が実現された。落語の「三題噺」のようなものである。「イルゼ・コッホ」と「バークとヘア」と「クリスチーネ・ヨルゲンセン」を足すと彼の犯行になるのである。
 つまり、エド・ゲインの数々の加工品は、近所の墓場から持ち出されたものだったのだ。彼は墓場で生まれて初めて女体に触れ、その皮を剥ぎ、マスクやチョッキを作って、クリスチーネ・ヨルゲンセンのように女に変身したのである。そして、勢い余ってメアリー・ホーガンとバーニス・ウォーデンを殺害した。この2人が母オーガスタに似ていたことが主な動機だろう。彼は母に変装したかったのかも知れない。
 この点、『カニバリズム』の著者ブライアン・マリナーは、一般に云われている「エディプス・コンプレクス」が動機とする説に与しない。彼は「母親に対する復讐」だったのではないかと考えている。

「ゲインが殺害した女性は二人とも母親に似たところがあった。太っていて威圧的な中年女性。ゲインは何度も何度も繰り替えして母親を殺していたのではないか。彼は母親も、母親の思い出も心から愛していなかったに違いない。母親はポルノ雑誌を家に置くことなど許しはしないはずだった」

 私が思うに、その両方だったのではないだろうか? 母の部屋を生前のままに保存して封印していたのは、愛情だけではなく畏怖の念も感じられる。とにかく、母親の呪縛から逃れることが出来なかったことがゲインの最大の悲劇である。

 なお、ゲインをモチーフにしたロバート・ブロックの小説『サイコ』とは異なり、彼は母親を「剥製」にはしていない。それはあくまでも噂である。加えてネクロフィリアとカニバニズムの噂も当人は否定しているが、これについては本当のところは判らない。



見世物になったゲインの「死の車」

 ゲインは医師団に「回復の見込みのないほどに精神を病んでいる」として責任無能力者と診断され、州立の精神病院に収監された。この措置に身内の墓を暴かれたプレインフィールドの住民たちは猛反対した。やがて、ゲインの土地は競売にかけられ、売上げがゲインのものになると知るや、ゲインの家を焼き払った。かくして、「なんにもない町」プレインフィールド唯一の観光名所は消え失せた。現在でも人口800人程度のこの町では、いまだにゲインの話題はタブーだという。
 ちなみに、焼却を免れたゲインのフォード車は競り落とされて見世物になった。

「『ライフ』誌でもおなじみ! 墓から死体を運んだ車を見よう!」

 運転席にはゲインの蝋人形、バックシートには切り刻まれた血みどろの女の死体が置かれていたというから悪趣味の極みだ。抗議の電話が殺到し、数日のうちに展示を禁止されたという。

 1984年7月26日、ゲインはメンドータ精神病院で呼吸不全のために死亡した。77歳だった。遺体はプレインフィールドの母の隣に埋葬され、なんにもない町の唯一の観光スポットになっている。


参考文献

『オリジナル・サイコ』ハロルド・シェクター著(早川書房)
『アルフレッド・ヒッチコック&ザ・メイキング・オブ・サイコ』
 スティーブン・レベロ著(白夜書房)
週刊マーダー・ケースブック72『プレインフィールドの屠殺人』(ディアゴスティーニ)
『連続殺人紳士録』ブライアン・レーン&ウィルフレッド・グレッグ著(中央アート出版社)
『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)
『世界殺人者名鑑』タイムライフ編(同朋舎出版)
『死体処理法』ブライアン・レーン著(二見書房)
『カニバリズム』ブライアン・マリナー著(青弓社)
『食人全書』マルタン・モネスティエ著(原書房)
『愛欲と殺人』マイク・ジェイムズ著(扶桑社)
『世界犯罪百科全書』オリヴァー・サイリャックス著(原書房)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)


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