チェスター・ジレット
Chester Gillette (アメリカ)



チェスター・ジレット


グレース・ブラウン

 セオドア・ドライサーの小説『アメリカの悲劇』のモチーフとなった事件だが、我々にはむしろその映画化である『陽のあたる場所』の方がお馴染みだろう。モンゴメリー・クリフトが主人公、エリザベス・テイラーがその婚約者、そして、シェリー・ウィンタースが主人公に殺される恋人を演じた。それは余りにも愚かな青春の蹉跌の物語である。

 1906年7月12日、ニューヨーク州ビッグムース湖で若い女性の遺体が発見された。グレース・ブラウン(18)。顔面をひどく殴られている。自殺ではない。明らかに他殺である。検視解剖の結果、彼女は妊娠していることが判明した。恋愛関係のもつれの線で捜査は進められ、やがて彼女と恋仲にあったチェスター・ジレット(22)が容疑者として浮上した。

 貧しい家庭に生まれたジレットは、14歳の時に両親に捨てられた。職を求めて転々とするうちに、叔父がニューヨーク州コートランドで衣類工場を経営していることを知る。叔父を頼って工場に勤めたジレットは勤勉に働き、まわりも一目置くようになった。やがて地元の社交界にも出席を認められるようになる。トントン拍子の大出世である。名士の娘とも婚約し、彼の将来は約束されたかに思われた。
 ところが、ジレットには足枷があった。恋人のグレース・ブラウンである。彼はグレースに別れてくれと懇願した。しかし、グレースは妊娠している旨を告げ、もし別れるならすべてを世間にぶちまけてやると脅迫した。
 ジレットにとっては、已むを得ない殺人だったのだろう。あの貧しかった頃には戻りたくない。やっと掴んだ未来を手放したくない。そんな思いでグレースをピクニックに誘い出し、手漕ぎボートで湖上に出ると、テニスラケットで殴打したのだ。

 死刑を宣告されたジレットは、映画では改悛の情から死を受け入れるが、実際の彼は最後まで罪を認めようとしなかった。それどころか、自分のサイン入りブロマイドを1枚5ドルで売って、刑務所内での豪勢な食事に充てていた。そうなのだ。彼はもう貧乏はイヤなのだ。
 ここでちょっと幻滅した人、現実とはこんなもんである。


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)
『殺人百科』コリン・ウィルソン(彌生書房)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)


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