アーチボルド・ホール
Archibald Hall
a.k.a. Roy Fontaine
 (イギリス)



アーチボルド・ホール

 ロイ・フォンテーンの偽名でも知られるアーチボルド・ホールは常習的な詐欺師だった。意図して殺したわけではない。殺す羽目になったのだ。その一連の犯行はドジ以外の何ものでもなく、そのままコメディに出来るかのような間抜け味に充ちている。

 アーチボルド・ホールは1924年7月14日、郵便局員の第一子としてグラスゴーに生まれた。家庭には特に問題はなかった。ただ「アーチボルド」という名前を嫌い、友達には「ロイ」と呼ばせていた。やがて女優のジョーン・フォンテーンへの憧れから「ロイ・フォンテーン」と名乗るようになった。

 彼が横道に逸れたのは16歳の時である。親子ほども年の離れた女と懇ろになり、高級ホテルに入り浸るようになったのだ。同じマンションに住む老婦人にも取り入り、たびたびお小遣いをちょろまかした。働かなくても金になることを知ったロイは、そのままズルズルと詐欺師としての道を歩み始めた。老婦人が急死した時、トランクいっぱいの札束を遺族が見つけた。ホールはそのことをメチャクチャ悔しがった。
「俺が頂戴しておけばよかった!」
 彼のその後の人生は、その穴埋め探しの旅だったと云っても過言ではない。

 募金箱の着服、置き引き、空き巣、小切手偽造と彼の非行はエスカレートしていった。17歳の時に初めて刑務所送りになり、その後もシャバとムショを行き来した。そのたびに精神異常と診断され、そっちの方の施設にも何度も収容されている。

 彼が初めて執事の職を得たのは1951年のことである。紹介状を偽造してウォーレン=コネル夫妻をだまくらかしたのだ。ウォルター・ミティーのような「夢見がちな性格」だった彼は、主人になりすまして社交界に顔を出したりした。金持ち気取りなのだ。それがバレてクビになったのだから誠に間抜けな男である。

 とにかくホールの犯行は突飛だった。例えば、顔を黒く塗りケープをまとって、ロールスロイスをチャーターして高級ホテルに乗りつけた。アラブの石油王のつもりである。一番高い部屋にチャックインするとマネージャーを呼びつけて宝石商を呼ばせた。しばらくしてサンプルを持った宝石商が訪れると部屋には誰もいない。もしも〜し。お留守ですか〜と宝石商が室内を探して回る隙に、バスルームに隠れていた石油王はサンプル数点をくすねて逐電。
 この他にも貴族や大富豪にもよく化けた。高級ホテルでさんざん飲み食いした挙句にトンズラするパターンだ。それでちょいちょい捕まって、シャバに出れば皇族に化ける。そんなことの繰り返しで人生を終える筈だったのだ、本来は。



デヴィッド・ライト

 そんな彼が初めて人を殺めたのは1977年のことである。久しぶりにシャバに出たホールは、スコットランドはダムフリース在住の未亡人、ペギー・ハドソンに執事として雇われることに成功した。名前はもちろん、お気に入りの「ロイ・フォンテーン」である。ところが、困ったことが生じた。ほどなくして庭師として雇われたデヴィッド・ライトがムショ仲間だったのだ。
「なにがフォンテーンだよ。お前さんの本当の名前はホールじゃないか」
 ライトはホールに口止め料をせびるようになり、やがて女主人の宝石を盗もうと云い出した。
「おいおい、勘弁してくれよ。久しぶりのシャバなんだぜ。もう少し執事としての優雅な暮らしを楽しませてくれよ」
「けっ。何が執事だよ、べらぼうめ」
 翌日、ハドソン夫人の家宝の指輪が紛失していた。あのやろ、盗みやがったな。ホールはライトに詰め寄ったが、ライトはいったい何のことやら口笛ヒュ〜。しかたねえ。ライトの女友達に当たってみると、案の定、持っていやがった。取り返して元に戻し、
「やっぱりてめえじゃねえか!」
 ところが、泥酔していたライトは逆ギレして、ライフル銃で撃ってきやがった。揉み合ううちに台尻がホールの鼻に当たって鼻血ブー。我に返ったライトは「おれはなんてことしちまったんだ」とさめざめと泣き出す始末でヤんなっちゃう。こいつには消えてもらわなければならないな。ホールがこう考えたのも無理からぬことである。

 翌日、仲直りと称してホールはライトを兎狩りに連れ出した。何も知らないライトは無邪気に狩りを楽しんだ。
「なあ、ロイ。どうしてあんたは撃たないんだい?」
「俺は大物しか狙わないんだよ」
「おっ、いた。見ろよ。でかいぞ。撃てよ。撃てってば」
 ホールは続けざまにライフルの引き金を4回引いた。もちろん、狙いは兎ではなかった。
 川のほとりに穴を掘ると、死体をそこに埋めて石を積んだ。ひとつ積んでは金のため。チーン。ふたつ積んでは金のため。チーン。しかし、庭師の突然の失踪にハドソン夫人は訝しみ、警察に通報するや前科がバレて、ホールはお払い箱になるのであった。デヴィッド・ライトは無駄死にである。



マイケル・キトー

 抜け目のないホールはすぐにロンドンで新たな執事の職を得る。今度の主人は元下院議員のウォルター・トラバース・スコット=エリオットである。大変な資産家だ。ホールは「しめた!」と指パッチンして喜んだ。十代の頃に逃がした獲物の穴埋めが遂に見つかったのだ。
 彼の計画はこうだ。財産を盗み出し、泥棒の仕業のように見せ掛ける。彼はそのまま執事として残り、何喰わぬ顔で仕事を続ける。そのためには財産を持ち出す相棒が必要だった。そこで選ばれたのがご同業のマイケル・キトーである。

 1977年12月8日に計画は実行に移された。その日は夫人が関節炎の治療のために入院していて留守だからだ。スコット=エリオットはいつものように睡眠薬を飲んでぐっすりと眠っている。2人はパブで落ち合うと前祝いの乾杯をし、リッチモンド・コート22番地のペントハウスへと向った。
 午後11時30分、ホールをキトーを招き入れ、夫人の寝室の扉を開けた。すると、な、な、なんと! いない筈のドロシー夫人がいるではないか!
 エッ? ドウシテ? ドウシテイルノ?
 現にいるんだからドウシテもへったくれもない。夫人はキーキーと大声でがなり始めた。あなた、勝手に入ってきてどういうつもり? そこにいる男は誰なの? 誰なのよ!? ホールは咄嗟に夫人を殴り倒した。そして、悲鳴を上げる夫人の顔を枕で押さえつけた。2分も経っただろうか。夫人はぐったりして二度と起き上がることはなかった。
 やべえ。
 どうしよう。
「やかましいなあ。いったいなんの騒ぎだい?」
 ちっ。旦那が起きてきやがった。
「いえ、あの、奥様が悪い夢にうなされまして」
「あっそう。なら、もう大丈夫なわけ?」
「ええ、もう落ち着かれました」
「あっそう」
 82歳のスコット=エリオットはヨロヨロと寝室へと戻っていった。



メアリー・コグル

 翌朝、2人はご同業のメアリー・コグルに助けを求めた。彼女は夫人の毛皮や宝石が自分のものになるとの話に眼を輝かせた。
 計画はこうだ。こうなったら旦那にも死んでもらうしかない。夫妻で出掛けたまま行方不明になったことにしよう。そこでコグルにはミンクのコートとカツラで夫人に化けてもらい、旦那には睡眠薬を常に飲ませて朦朧とさせる。計画は途中までは順調だった。耄碌爺さんは夫人がニセモノだとは気づかなかった。レンタカーに乗せると4人は北へと向い、パースシャーの寂しい道路脇に夫人を埋めた。そして12月14日、グレン・アフリックの茂みの中で爺さんの首をスカーフで締め上げた。耄碌はしていても死にたくはない。爺さんは必死に抵抗した。
「駄目だ。ジジイとは思えねえ凄え力だ。おい、手伝ってくれ」
 ゴン。
 キトーが振うスコップが爺さんの頭にジャストミート。どうっと崩れ落ちるジジイを埋めると、その晩は3人で祝杯をあげた。

 計画が崩れ始めたのはここからである。コグルはミンクのコートだけではなくダイヤの指輪や金のネックレス等、夫人の装身具をしこたま身につけていたのだが、それを「ぜんぶちょうだい」と云い出したのだ。彼女がそれを日常で身につければ怪しまれるに決まっている。なにしろ彼女の現在の生業は「お掃除おばちゃん」なのだ。ホールとキトーは換金することを勧めた。
「その金は全部あげるからさあ」
 装身具を売ることには渋々と同意したおばちゃんだったが、ミンクのコートだけは譲れないと突っぱねた。そして、あろうことか色仕掛けでホールを誘惑したのである。「ミンクのコートの上で抱いてよ」と。一方、ホールはというと、抱いてやれば云うことを聞くと思って渋々抱いた。云い忘れていたが、このおばちゃんの年齢は51歳である。
 それでもおばちゃんは「コートが欲しい」とダダをこねた。ならば焼くぞとコートをストーブにかざすと、彼女は泣きわめいた。
 コート! コート! コート! コート!
 ダメだこりゃ。もう消えてもらう他ない。キトーが彼女を羽交い締めにすると、ホールは火かき棒で滅多打ちにした。とんまな女だぜ。遺体はミドルビーの小川に遺棄された。



ドナルド・ホール

 クリスマスから新年にかけて、ホールとキトーは故人宅から頂戴した金目のものをせっせと売り捌いた。ちょうどその頃、ホールの弟のドナルドが刑期を終えた。17歳も年の離れた弟も兄貴の後を追って詐欺師になっていたのだ。ホールは未熟だが生意気な弟をよく思ってはいなかったが、血の繋がった兄弟には違いない。3人はニュートン・アーロッシュの貸し別荘で暮らし始めた。
 原因を作ったのはドナルドだった。
「なあ、兄貴。どうしてこんなに金回りがいいんだい?」
「いや、別にこれぐらいどおってことねえよ…」
「最近、大きなヤマを当てたんだろ? なあ、そうだろ?」
 しつこく訊いてくるので2人はピリピリし始めた。
「俺も仲間に入れてくれよお。なあ、後生だからよお」
 ダメだ。こいつは詐欺師には向かない。相手の顔色を見ることが出来ない。
「俺は親指を縛るだけで人を動けないように出来るんだぜ。兄貴にはそんなこと出来ないだろ? なあ、俺で試してみろよ。なあ、試してみろよ」
 そう云いながら、ドナルドは床に横になった。ホールはキトーに眼で合図した。
「そんな縛り方じゃダメだよ、兄貴。俺にやらしてみ、ってなんだよそれ。なん、んん、んんんん、んんんんんん、ん」
 キトーがクロロホルムを浸した布を口に押しつけたのだ。2人はドナルドをバスルームに運ぶと、そのまま水に浸して溺死させた。

 翌朝の1978年1月16日、2人はトランクにドナルドの遺体を積んで北に向い、ノース・ベリックのホテルに投宿した。支配人は「観光旅行」にしては荷物のほとんどない2人組を不審に思った。バーの飲食代をツケにしたのも怪しかった。念のために警察に通報、ナンバープレートを調べたところ、偽造であることが発覚した。実は彼らが乗っていた車はレンタカーだったのだが、「YGE999R」の「999」の部分が警察への緊急通報の電話番号と同じだったためにホールが嫌い、偽のナンバーに取り替えていたのだ。縁起を担いでしたことが逮捕の切っ掛けとなったのだから間抜けである。
 2人はその件で事情聴取を受けたが、ホールは隙を見て逃走。その頃にようやくトランクの中身が確認された。緊急指名手配されたホールが数時間後にお縄となった時には、相棒のキトーはすべてを自白してしまっていた。

 この底抜けに間抜けな殺しの連鎖はようやく幕を閉じた。凸凹コンビは共に有罪となり、アーチボルド・ホールは終身刑、マイケル・キトーは15年の懲役刑に処された。
 なお、アーチボルド・ホールは2002年9月16日に獄中で死亡した。78歳だった。


参考文献

『現代殺人百科』コリン・ウィルソン著(青土社)
週刊マーダー・ケースブック34(ディアゴスティーニ)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)


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