ウィリアム・エドワード・ヒックマン
William Edward Hickman (アメリカ)



ウィリアム・エドワード・ヒックマン


ヒックマンからの脅迫状(拡大可)

 プロテスタントの聖職者になるためには、ウィリアム・エドワード・ヒックマンは是が非でも大学を出なければならなかった。奨学金を得られることは確実だったが、更に1500ドルが必要だった。已むを得ずドラッグストアで強盗を働くも、金を得ることなく店主を射殺、警官を負傷させた。3週間ほど潜伏した後、ロサンゼルスの銀行で雑役係の職を得た。そこで盗んだ小切手を換金しようとしたところ、お縄となって保護観察処分となった。
 早く金を作らなければならない。
 焦った彼は身代金誘拐を思いついた。既に狙いは定めていた。銀行での上司だったペリー・パーカーの12歳の娘、マリオンである。

 1927年12月15日、パーカーがたまの休みを取って自宅でくつろいていると、娘が通う学校の校長から電話があった。彼が電話に出ると、校長はたいそう驚いた様子だった。
「え? 入院してらっしゃるんじゃないんですか?」
 なんでも、若い男がやって来て「お父さんが交通事故で入院しました」とマリオンを連れて行ったと云うのである。大変だ。誘拐されたとオロオロしていると、まもなく犯人からの2通の電報が届いた。

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 マリオン パーカー ジョージ フォックス

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 翌日の朝に届いた速達で「ジョージ・フォックス」と名乗るその男は、マリオンと引き換えに1500ドルを要求してきた。そして、次の日の夜に犯人からの電話が入る。
「身代金を持って10番街の交差点まで1人で来い」
 しかし、犯人は引き渡し場所に現れなかった。後日判ったのだが、彼は地元警察の向いにある電話ボックスから電話をかけ、覆面パトカーが出動するのを確認していたのである。
 次の朝、再び速達が届き、今度は警察と接触しないようにと警告してきた。午後7時になって電話が入る。
「午後8時にサウスマンハッタン・スクエア435番地まで来い」
 パーカーは警察に介入しないように嘆願し、1人で現場に赴いた。

 午後8時15分になって犯人の車が現れた。パーカーの車の隣につけると、顔をハンカチで覆った「フォックス」が顎で後部座席を示した。そこにはマリオンが静かに座っていた。まだ生きていたのだと安心したパーマーは金を手渡した。「フォックス」は半ブロックほど車を先導した後、路肩にマリオンを放り棄てた。マリオンはそのまま起き上がらなかった。起き上がらないのも道理で、彼女には手足がなかった。既に殺されていたのである。
 ヒックマンはパーカーに電話をした後、マリオンの首をタオルで絞め、バスタブで喉を切り裂くと血抜きをした。そして、手足を切断してはらわたを抜くと、洗浄して口紅をつけた。パーマーがまだ生きていると思ったのは眼を開けていたからだが、彼はまぶたを針金で縫いつけて、眼が開いているように細工していたのである。
 やがて435番地の住人から、手足のない屍体を抱えた男が泣き叫んでいるとの通報があり、警察は慌てて現場に駆けつけた。興奮状態のパーマーを落ち着かせるためには鎮静剤を投与しなければならなかった。

 翌朝、警察は付近の公園の茂みから、新聞紙にくるまれたマリオンの手足とはらわたを発見した。また、パーマーに届けられた手紙から犯人の指紋が検出された。照合の結果、ウィリアム・エドワード・ヒックマンのものであることが判明。直ちに全国指名手配され、12月22日にオレゴン州エコーで逮捕された。
 ヒックマンは精神異常を理由に無罪を主張したが、囚人仲間に「あれは嘘」と云っていたのがバレて有罪となり、絞首刑を云い渡された。彼が絞首台から落ちると頭がへりに引っ掛かり、15分もの時間をかけてじわじわと首を絞められて死んだという。この男にふさわしい死に様である。


参考文献

『平気で人を殺す人たち』ブライアン・キング著(イースト・プレス)
『世界犯罪百科全書』オリヴァー・サイリャックス著(原書房)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)


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