ジョン・リー
John Lee (イギリス)



ジョン・リー


死刑執行人ジェイムス・ベリーの名刺

 大島渚に『絞死刑』というブラックコメディがあるが、あれを彷佛とさせる事件である。『絞死刑』の場合は首は吊ったが死ななかった。ところが、ジョン・リーの場合は、そもそも落とし戸自体が開かなかったのだ。

 1884年11月15日深夜、トーキー近くに住む年配の未亡人エマ・キーズが惨殺された。喉を荒っぽく掻き切られ、頭部をめった打ちにされている。遺体の悲惨な状況から、相当な怨みを買っていたことが窺えた。
 屋敷には外から侵入された形跡はなく、凶器のナイフも食料貯蔵庫にあったものだったことから、内部の者の犯行に思われた。この家には夫人の他には2人のメイドと1人の雑役夫しか住んでいない。当然に雑役夫が疑われて、この男がジョン・リーだった。
 聞き込みをすればするほど彼の嫌疑は濃厚になっていった。彼はかつてこの屋敷で銀器を盗んで有罪になったことがあったのだ。にも拘わらずキーズ夫人が再び彼を雇い入れたのは、弱みにつけ込んで給金を値切るためだった。従来の半分しか支払わず、つい先日もその仕事ぶりにケチをつけて6ペンス減らしたばかりだった。彼が夫人に相当な怨みを抱いていたことは間違いない。
 やがて彼の部屋から血のついた衣服が発見された。陪審員は僅か40分の協議で有罪を評決し、リーは死刑を宣告された。

 さあ、いよいよ処刑の当日である。死刑執行人ジェイムス・ベリーがせえのでレバーを引いた。ところが、どういうわけか落とし戸が開かなかった。慌てたベリーはがちゃがちゃとレバーを何度も動かし、終いにゃ足で落とし戸をどしんどしんと踏みつけたがビクともしない。
 ダメだこりゃ。やりなおしやりなおし。
 リーを台から降ろして、レバーを引くとちゃんと開く。なんだよ。開くじゃんかよ。じゃ、君、もう一度上がって、とリーを再び台に乗せて、今度は思いっきりレバーを引いた。レバーが曲がってしまったが、落とし戸はまたしても開かない。
 っかしいなあ、っかしいなあ。
 イラついた看守はベリーを睨みつけた。勘弁してくれよお。ただでさえイヤな仕事なんだからよお。ちゃっちゃと済まそうよお。
 リーを一旦、監房に戻すと、ベリーは装置の総点検を始めた。故障はどこにもない。開かない筈がない。だいじょうぶ。あの人、呼んできて。リーを三たび台に乗せると、どうか開いて下さいと天に祈りながらレバーを引いた。
 開かなかった。
 ここで牧師が悲鳴を上げた。もうこれ以上、見ちゃいられない。囚人はもう三度も死の恐怖を味わったのだ。ここらで許してあげちゃどうだろうか?
 内務大臣サー・ウィリアム・ハーコートも同意見だった。特赦により刑を終身刑に切り替えた。かくしてジョン・リーは死刑を免れたのである。当の彼はきょとんとしてかく語りき。
「官憲が私の命を奪えなかったのは、おそらく神の思し召しでしょう」
 リーは22年後に仮釈放され、結婚してアメリカに渡った。その後の詳しいことは判っていないが、1933年に68歳で死亡したと伝えられている。

 落とし戸はどうして開かなかったのだろうか?
 執行人のベリー自身は「戸の木製の部分が軽すぎた」と回想録の中で述べている。鉄製の部分と釣り合わせるためにはもっと重くなければならなかったのだそうだ。
 誰かがイタズラして楔を差し込んでいたのではないかとの説もある。
 最も信憑性が高いのが、前日の豪雨が原因とする説である。豪雨のために湿気を吸った木が膨張し、重みがかかると落とし戸の両端がぴっちりとくっついて動かなくなってしまったのではないかと云うのだ。
 いずれにしても、これほど幸運な男はまたといない。左の画像をプリントして、お守りにしてみてはいかがだろうか。

 なお、恥をかいた死刑執行人ジェイムス・ベリーは数ケ月後にまたもや大失態をやらかしている。ロバート・グッデイルという殺人犯を処刑した際、縄の長さを間違えて首を切断してしまったのだ。絞首刑にも技術がいるのである。以下はベリーが長年の経験で導き出した体重と縄の長さの対応表である。参考にされたし。

 54kg以下   2.46m
 56.6kg   2.40m
 58.8kg   2.35m
 61.2kg   2.23m
 63.4kg   2.16m
 65.7kg   2.05m
 67.9kg   2.01m
 70.2kg   1.98m
 72.5kg   1.93m
 74.7kg   1.88m
 77.2kg   1.83m
 77.2kg   1.83m
 79.3kg   1.80m
 81.5kg   1.75m
 83.8kg   1.70m
 86.1kg   1.68m
 88.3kg   1.65m
 90.6kg   1.62m
 92.8kg   1.57m
 95.1kg   1.55m
 99kg以上   1.52m


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)
『世界犯罪百科全書』オリヴァー・サイリャックス著(原書房)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)
『死刑全書』マルタン・モネスティエ著(原書房)


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