メアリー・クレイトン
エヴェレット・アプルゲイト

Mary Creighton & Everett Applegate (アメリカ)



ジョンとメアリーのクレイトン夫妻


エヴェレット・アプルゲイト

 メアリー・クレイトンに匿名の脅迫状が舞い込み始めたのは1935年夏。安っぽい黄色い紙に書かれていたその内容は、概ねこのようなものだった。
「居候のアプルゲイト夫妻を追い払わないと深刻な事態に陥る」
 メアリーの届け出に応じて警察は一応捜査したが、脅迫状の差出人は判明しなかった。

 エヴェレット・アプルゲイトと妻のエイダがロングアイランドのクレイトン家に居候し始めたのは1934年11月のことである。端から見てこの同居は極めて不自然だった。というのも、クレイトン家も決して裕福というわけではないのだ。家は小さく、寝室は2つしかない。だから娘のルース・クレイトンとアグネス・アプルゲイトは狭い屋根裏部屋に押し込められ、末っ子のジャッキー・クレイトンに至ってはポーチで眠らされていた。
 何やらワケありである。

 1935年9月、エイダが急の胃痛に襲われて入院、退院した2日後にぶり返して死んでしまう。クレイトン夫妻の過去を知る者は「またか」と思った。夫妻は以前にもメアリーの弟、レイモンドを砒素で殺害した容疑で起訴され、しかし証拠不十分で無罪になっているのだ。その後、メアリーだけが姑を砒素で殺害した容疑で起訴され、やはり無罪放免になっている。検視解剖に回されたエイダの遺体からは案の定、砒素が検出された。

 尋問されたメアリーは供述書に署名した。その筆跡が件の脅迫状と同じだったことから問いつめると、メアリーは一言、
「アプルゲイトを追い出したかったんです」
 事件は思いのほか複雑だった。過去の殺人の証拠を握っていたエヴェレットがクレイトン夫妻を脅し、居所に住み着くばかりか、まだ15歳の娘のルースに手を出していたのだ。未成年者との性交渉は強姦罪に該当する。かくしてエヴェレット・アプルゲイトも逮捕された。

 供述は二転三転したが、結局、エヴェレットに弱味を握られていたメアリーが云われるままにエイダに砒素を盛ったのが真相のようだ。メアリー・クレイトンとエヴェレット・アプルゲイトの両名は1936年7月、電気椅子により処刑された。


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)
『LADY KILLERS』JOYCE ROBINS(CHANCELLOR PRESS)


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