エルウェル事件
The Elwell Case (アメリカ)



ジョセフ・エルウェル


ニューヨーク西七〇番街のエルウェル宅

 ジョセフ・エルウェルと云われても今日の我々にはピンと来ないが、事件当時のニューヨーク社交界ではかなりの有名人だった。ブリッジの名手で、数々の教本を執筆している。もちろん、大金持ちだ。F・スコット・フィッツジェラルドの代表作「華麗なるギャツビー』の主人公、ジェイ・ギャツビーのモデルになった人物とも云われている。
 そんな彼の死体がニューヨーク西70番街のブラウンストーン(高級住宅)で発見されたのは1920年6月11日午前8時35分のことである。通いの女中、マリー・ラーセンがいつものように鍵を開けて居間に入ると、肘掛け椅子に座る旦那様の額に穴が開いていた。打ち込まれていた銃弾は45口径。その破壊力たるや凄まじく、後頭部には直径9インチほどの穴が開き、脳髄の大半が背後の壁に飛び散っていたという。

 その日は午前6時30分には牛乳屋がミルクを、7時25分には郵便屋が手紙を届けに訪れている。その時には特に変わったところはなかった。そして、8時35分に女中が御主人様の無惨な姿を発見する。その膝には先ほど届けられた手紙が開かれたまま置かれていた。つまり、犯行時刻は7時25分から8時35分までの間ということになる。

 自殺の可能性はない。凶器が現場になかったからだ。
 では、誰が殺したのか? 動機は何だ?
 強盗の線はすぐに消えた。現場はまったく荒らされておらず、400ドルの紙幣も宝石類も手つかずだったからだ。
 ならば怨恨か?
 この線は十分に考えられた。このエルウェルという男、プレイボーイとして鳴らしていたからだ。
 しかし、捨てられた女による犯行とは考え難い。凶器は45口径もある軍用の銃だ。女が使うには無理がある。
 それに、殺害時のエルウェルはまったく無防備な状態だった。着衣は寝巻きのまま。カツラも義歯もつけていなかった。
 そうなのだよ、諸君。この45歳のプレイボーイは実はほとんど禿げちゃびんで、自前の歯も3本しか残っていなかったのだ。そんな状態で殺されたのだよ。よほど近しい関係にある、こうした秘密を知っている者の犯行と見るのが筋だろう。
 ところが、彼の身近には動機らしい動機を持つ者が誰一人として見つからなかった。警察はまったくのお手上げ状態で、事件は迷宮入りするのである。

 興味深い事件であり、もっと掘り下げて論じたいのだが、如何せん、文献が少なすぎる。事実関係もテキストによって異なり、警察同様に私もお手上げの状態である。有名人のセンセーショナルな死がマスコミに興味本位で取り上げられた結果の混沌らしい。恋人を寝取られた親友による犯行だとか、いいやスパイによる犯行だとか(エルウェルはロシアへの投資を革命で失って以来、反ロシアの団体に資金援助していた)、実はやっぱり自殺だったとか(女中が御主人様の名誉を守るために凶器を隠滅した)、様々な説が取り沙汰されているが、決定打がないまま今日に至っている。

(2007年9月29日/岸田裁月)


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)
『殺人の迷宮』コリン・ウィルソン著(青弓社)


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