エヴァンジェリスタ事件
The Evangelista Case (アメリカ)


 

 まるで安物のホラー映画のような事件である。手掛かりは現場に山ほど残されていた筈なのだが、「デトロイト警察の驚くほどの無能さ」(コリン・ウィルソン)により未解決に終わった。

 1929年7月3日午前10時30分、不動産屋のヴィンセント・エリアスが仕事の打ち合わせで、建築業者のベニー・エヴァンジェリスタ宅を訪れた。呼び鈴を押せども返事がない。玄関の鍵はかかっていないので入ってみるとうぎゃあ。エヴァンジェリスタは事務所の椅子に座っていたのだが首がない。あたりは血みどろで、首は床に転がっていた。
 駆けつけた警察は、エヴァンジェリスタの妻と4人の子供もそれぞれの寝室で首を切り落とされているのを発見した。床や階段には血の足跡が、ドアの掛け金には左の親指の指紋が残っていたのだが、「驚くほどの無能さ」ゆえにそれらはすべて失われてしまった。押し寄せた記者たちを現場に入れてしまったために、文字通り土足で踏みにじられてしまったのだ。

 地下室から奇怪な祭壇が発見されて、事件はさらにホラー風味を増していった。エヴァンジェリスタは新興宗教の教祖としての裏の顔を持っていたのだ。壁や天井は緑の布で覆われ、「偉大なる天の惑星の展示会」と書かれている。祭壇の上には悪魔のような像が吊るされている。エヴァンジェリスタが自費出版した『世界最古の歴史〜ミシガン州デトロイトのオカルト科学による発見』なるトンデモ本も押収された。エヴァンジェリスタはこの本を毎日午前0時から3時まで、1906年から20年もかけて書き上げたという。全4巻に及ぶ大作だが、資金不足なのか、出版されたのは1巻だけだった。

 やがて容疑者としてウンベルト・テッキオが浮上する。同じくデトロイトの貧民街に住む男で、警察の聞き込みに応じて、犯行があった晩にエヴァンジェリスタ宅を訪れたことを自ら認めていた。自宅の建築代金の最後の支払いをしに行ったというのだ。ところが、エヴァンジェリスタの帳簿にはその旨の記載がない。こいつは怪しいと睨んで過去を洗うと、なんと殺人の前科があることが判った。妻の兄を刺し殺したのだ。
 また、彼の出所後、別れた妻の再婚相手も刺殺体で発見された。誰もがテッキオの仕業と思ったが、「デトロイト警察の驚くほどの無能さ」ゆえに、この件は自殺として処理された。
 ほどなくして或る噂が警察の耳に入った。犯行翌朝の午前5時頃に新聞配達の少年が、現場のポーチで一服するテッキオの姿を見たというのだ。警察はその少年を探したが、ようやく身元を突き止めると、
「彼ならもう死にましたよ」
 なんで死んじゃうんだよ!

 テッキオの他にも容疑者がいないこともない。例えば、エヴァンジェリスタはイタリア系暴力団の「黒手組=ブラックハンド」の手先として働いていた。そのことを巡るトラブルに巻き込まれた可能性もある。

 また、エヴァンジェリスタの「師匠」に当たるアウレリウス・アンジョリーノというキ印も疑われている一人だ。新興宗教の教祖だったこの男は、或る日「家族をすべて片づけなさい」との啓示を受けて斧でみな殺し、癲狂院に入れられていた人物なのだ。そんなユニークな師匠が犯行当時は脱走していた。かつての弟子の家族も片づけたのではないかというのだが、憶測の域を出ない。

 師匠の影響を受けたエヴァンジェリスタ自らが家族を片づけたのではないかとの見解もある。しかし、彼自身の首もなかったことを忘れてはいけない。云うまでもないが、自分の首を切り落とすことはとてつもなく難しい。

 やはり疑わしいのはテッキオである。そんな彼もほどなく死んでしまう。すると、死んだとされた新聞少年が警察署にひょっこりと顔を出し、
「僕も殺されるかも知れないので、しばらく隠れてました」
 住人たちの間ではテッキオの仕業ということで落ち着いていたようだ。ところが、警察は断定できないでいる。ドアの掛け金に残っていた指紋を照合したところ、それは捜査官のものだったのだ。「デトロイト警察の驚くほどの無能さ」にただただ呆れるばかりである。


参考文献

『殺人の迷宮』コリン・ウィルソン著(青弓社)


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