セシル・モルトビー
Cecil Maltby (イギリス)


 

 47歳の仕立て屋、セシル・モルトビーアリス・ミドルトンと暮らし始めたのは1922年の初夏のことだ。彼女には商船乗務員の夫がいたが、極東に航海中で長期不在だったのだ。もともと大酒飲みで仕事も中途半端だったモルトビーは、すっかりアリスにうつつを抜かし、2人して競馬場に入り浸っていた。

 そんなアリスの姿が8月半ば頃から見えなくなった。しかし、その失踪を届け出る者は誰もおらず、月日は流れて12月、夫が帰還して初めて事件となった。
 警察の事情聴取に対して、モルトビーはこのように答えた。
「 アリスなら8月15日に出て行きました。その後のことは知りません」
 しかし、どう考えてもこいつが怪しい。1階の店鋪までは人を入れるが、2階の住居に上がることは頑に拒むのだ。何か見られたくないものがあるに違いない。

 警察はモルトビーを監視下に置き、証拠隠滅に動くのを待った。ところが、どうしたものか一向に動く気配がない。業を煮やした警察は、衛生検査と偽って強制捜査を決行。二手に分かれた警官隊が正面と裏口から一斉に踏み込むや否や、2階から銃声が鳴り響いた。モルトビーが銃口を己れの口中に入れて引き金を引いたのだ。ほぼ即死だった。
 台所に置かれた浴槽の中には、シーツに包まれた腐乱死体があった。アリスだった。シーツにはこのように書き込まれていた。

「愛しいパットの想い出と共に。1922年8月24日午前8時30分自殺」
(In memory of darling Pat, who committed suicide on 24 August 1992, 8.30 am)

 パットって誰だ?
 よく判らないが、彼らの間でのアリスの愛称だったのかも知れない。とにかく、遺体がアリス・ミドルトンであることは間違いなかった。
 他にモルトビーが書き残したものによれば、自殺を図ったアリスを制止しようとして揉み合いとなり、銃が暴発してアリスに命中したとのことだが、彼女は背中から撃たれている。しかも、3発もだ。この弁明は通らない。死因審問はモルトビーが殺害したものと認定した。

 ところで、参考文献にその記述はないが、現場は凄まじい腐敗臭で充ちていたに違いない。そんな中でモルトビーは普通に生活していたのだ。
 鼻がバカだったのだろうか?

(2007年4月17日/岸田裁月) 


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)


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