チャーリー・ブルックス
Charlie Brooks (アメリカ)


 チャーリー・ブルックス(40)は薬物注射により処刑された最初の死刑囚である。その執行の背景には様々な問題が山積していた。

 一つは量刑の問題だ。ブルックスはテキサス州フォートワースで中古車セールスマン、デヴィッド・グレゴリーを射殺したかどで1976年に逮捕されたわけだが、共犯者のウッディ・ルードルズは上訴審で死刑を免れているのだ。どちらが直接手を下したのかも確定されぬまま、ブルックスは死刑、かたや相棒は40年の禁固刑というのは余りに均衡を失する。

 また、薬物注射という処刑方法に医師会が異議を申し立てた。曰く、
「死刑囚の命を奪う手段として致死量の注射を用いることは、医学の道ではない。医師が州を代表して死刑を執行することは、医師の職業的イメージを高めるものではない。故に医師の適切な役割とは認めがたい」
 全くその通りだ。ブラックジャックでも同じことを云うだろう。テキサス州はこの問題を回避するため、医師はあくまでも監督役に留めた。実際に注射するのは医師じゃないので問題ないよとお茶を濁したのである。

 その一方で、まったく別の観点からこの処刑方法を反対する者もいた。すなわち「人道的に過ぎる」というのだ。「Hang'em high(奴らを高く吊るせ)」というわけだ。
 そもそも薬物注射が提唱された背景には、従来の絞首刑への反省があった。残酷に過ぎるという意見が多かったのだ。また、薬物注射は電気椅子やガス室に比べても経済的だ。人道的で低コスト。理想の処刑方法として提唱されたのである。故に処罰感情が勝る連中から「そんなんじゃ生温い」「もっと奴らを苦しめろ」という意見が出るのも致し方ない。

 ところで、最初の薬物注射による処刑はどのように執り行われたのか。現場に居合わせたAP通信の記者チャールズ・ヒルはその模様をこのように記述している。

「1982年12月7日午前0時過ぎ、ブルックスは6本の紐でワゴンテーブルに括りつけられた。ジャック・パースリー刑務所長が『何か云いたいことはあるか?」と訊ねると、受刑者は「はい」と答え、27歳の看護婦バネッサ・サップ(筆者註:彼女はブルックスの恋人である)がいる右側に顔を向けた。二人は祝福はされなくても来世で結婚しようとの誓いを先週に交わしていたのだ。『愛している』とだけ云って、ブルックスはアラーの神への栄光の歌を歌い始めた(筆者註:ブルックスは死刑囚監房でイスラム教に改宗していた)。
 午前0時7分、刑務所長が処刑命令を出した。接着テープで腕に留められた管が、死刑執行官とブルックスを隔てる壁の背後にあるバルブに接続された。この管を通って化学溶液が流れ始めた。透明な液がブルックスの腕に入っても彼は眼を開いたままで、その眼差しには極度の苛立ちが窺えた。突然、彼は喘ぎ、息を詰まらせ始めた。紐で括られた右腕が、抑えられているにも拘らず、はっきりと判るほどに痙攣した。受刑者は眼を閉じ、長く深い欠伸をした後、今度は永久に瞼を閉じ、15秒ほど息苦しそうに、やっとのことで空気を吸っていた。そして、一切の動きが止んだ」

 本当に「人道的」なのだろうか? 

(2009年5月10日/岸田裁月) 


参考資料

『現代殺人百科』コリン・ウィルソン著(青土社)
『死刑全書』マルタン・モネスティエ著(原書房)


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