ハーヴェイ・キャリナン
Harvey Carignan (アメリカ)



ハーヴェイ・キャリナン

 ハーヴェイ・キャリナンは1927年5月18日、ノースダコタ州ファーゴに私生児として生まれた。4歳の時に母親のメアリーは結婚したが、邪魔者扱いの彼は親類の家をたらい回しにされた。夜尿症とリウマチ性舞踏病のために何処へ行っても疎まれたのである。このような境遇であればグレて当然。やがて盗みを働くようになり、11歳の時に少年院に放り込まれた。
 少年院はその上を行く地獄だった。年少の彼は毎日のようにイジメられた。否。イジメというよりも、それはリンチに等しかった。余りの酷さに彼だけを隔離しなければならなかったほどだ。そんなこんなで1946年に釈放されて陸軍に入隊した頃には、キャリナンの心はすっかり荒んでいた。まるで「連続殺人者の作り方」のような生い立ちである。

 キャリナンが初めて殺人を犯したのは1949年、アラスカはアンカレッジの駐屯先でのことである。58歳のローラ・ショウウォーターを手籠めにしようとしたが叶わず、勢い余って殴り殺してしまったのだ。一旦は死刑判決が下されたものの、控訴審では破棄されて、余罪の強姦についてのみ懲役15年の刑が下された。この時にさっさと始末していれば、あんなに死ぬことはなかった。
 1960年に仮釈放されたが、すぐに強盗事件を起して逆戻り。その後の10年のほとんどを獄中で過ごした。釈放後、元手をどう工面したのかは知らないが、ワシントン州シアトルでガソリンスタンドの経営を始めた。2度の結婚はすぐに破綻。理由はいずれもDVである。虐待されて育った子は、自らも虐待するという。その典型例のような男である。彼は母親から人を愛する心を教わらなかった。むしろ、己れを捨てた母親を、ひいては女性全般を憎悪する心を授かったのである。




ガソリンスタンドで接客中のキャリナン

 1973年5月1日、『シアトル・タイムス』にガソリンスタンドのアルバイトを募集する求人広告が掲載された。これをたまたま眼にしたキャシー・ミラー(15)は翌朝、電話を掛けた。ボーフレンドのマーク・ウォーカーにお誂え向きだと思ったのだ。スタンドのオーナーは愛想よく応対し、女の子ならばなお結構とのこと。彼女自身がその気になり、学校が終わった後に会う約束をした。
 母親はこれに反対した。娘のことが心配だったのだ。というのも、ついこの間、ローラ・ブロックという少女がヒッチハイク中に犯された上に殺害された事件が発生したばかりだったのだ。
「見ず知らずの男と一人で会うなんて、お母さんは許しませんからね!」
「判ったよ。会わないよ」
 キャシーは口を尖らせながら学校に出掛けた。
 夕食時になっても彼女は帰って来なかった。例の求人広告が切り抜かれていることに気づいた母親は心配になり、隣家から新聞を借りてきて、広告の番号に電話を掛けた。相手の男は答えた。
「ああ、キャシー・ミラーさんですか? 今日の午後2時45分にこちらにいらっしゃることになっていましたが、結局見えませんでしたよ」
 本当だろうか? 母親はマーク・ウォーカーにも電話を掛けた。
「キャシーはアルバイトの面接に行くと云ってました。2時半にシアーズの前で店主と待ち合わせをしたそうです」
 この店主がハーヴェイ・キャリナンであることは云うまでもないだろう。警察の尋問に対しても、彼は母親に話したことを繰り返すばかりだった。やがて彼の過去を洗った警察は仰天した。かつて強姦殺人の容疑で死刑を求刑されていた男だったのだ。ローラ・ブロックの件もキャリナンの犯行と見て間違いないだろう。しかし、警察には彼の自宅やガソリンスタンドを捜索するだけの証拠がなかった。

 証拠が掴めないまま1ケ月が過ぎた6月3日、シアトル近郊エヴァレットの寂れた道端でキャシー・ミラーの遺体が発見された。黒いビニールシートで包まれた遺体は全裸で、性別さえ判らないほどに腐敗が進行していた。歯形からようやくキャシーと判別できた次第である。頭蓋骨の損傷から、鈍器で殴られたことが致命傷であることは明らかだった。

 この頃にはキャリナンの容疑は町中の人々に知れ渡っていた。当然の如くガソリンスタンドの経営は成り立たない。
「あんたたちのおかげで廃業することになりました。私も生活しなければならないので、親類を頼ってデンバーに移ります。異存はないですね?」
 キャリナンは警察にこう告げるとシアトルを後にした。未だ証拠を掴めていなかった警察は手を拱いて見ているより他なかった。


 キャリナンが向かったのはデンバーではなく、ミネソタ州ミネアポリスだった。そして、云うまでもないだろうが、彼がこの地に降り立った途端に強姦事件が頻発した。

 1974年9月8日、シャーボーン郡の森の中でアイリーン・ハンリー(29)の遺体が発見された。頭を鈍器で叩き割られ、膣には木の枝が突っ込まれていた。実は彼女はキャリナンの同棲相手で、1ケ月前から行方不明になっていた。

 9月19日にはイサンティ郡の森の中でキャシー・シュルツ(18)の遺体が発見された。同様に頭を叩き割られていた。

 5日後の9月24日、キャリナンはあっけなく逮捕された。連続強姦犯の特徴がキャリナンのそれと一致したのだ。また、このたびは決定的な証拠があった。キャシー・シュルツの遺体のそばに残されていたタイヤ痕が、彼が乗り回すピックアップトラックのそれと同じだったのである。

 法廷においてキャリナンは精神異常による無罪を主張した。神の声に唆されて犯行に及んだと主張したのだ。しかし、そうさせたのは神の声などではなく性欲であることは明らかだ。その抗弁は通らず、最終的に終身刑が云い渡された。

 なお、キャリナンは1972年2月から1973年7月にかけてカリフォルニア州で起きた連続殺人事件への関与も疑われている。被害者が実に11人にも及んだこの事件は、手口がほとんど同じだったばかりでなく、ミネアポリスで強姦事件が途絶えていた時期に起きている。故に疑われたわけだが、結局、キャリナンの犯行を裏づけることは出来なかった。この事件は未解決のままである。

(2009年2月14日/岸田裁月) 


参考文献

『連続殺人紳士録』ブライアン・レーン&ウィルフレッド・グレッグ著(中央アート出版社)
週刊マーダー・ケースブック67(ディアゴスティーニ)


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