カレル・カヴァ
Karel Chavva (西ドイツ)


 

 1983年6月3日、フランクフルト近郊フォッケンハウゼンの小学校に1人の男が現れた。物静かな感じの男だ。そして、受付で校長に面会したい旨を告げた。係の者は丁寧に応対する。
「あいにく校長は出掛けておりまして…」
「では、ゲルハー先生でも結構です」
「ゲルハーは今、2階の教室で授業中です。終わり次第取り次ぎますので、こちらでお待ち下さい」
「はい、判りました」
 ところが、男は待つことなく、ずんずんと階段を上がって行く。そして、2挺のリボルバーを取り出したかと思うと、教室に闖入し、滅多矢鱈に撃ち始めたのだから大変だ。これにより13歳の少女が2人、12歳の少年が1人、36歳の教師が死亡した。アドルフ・ゲルハーも被弾したが、一命を取り留めている。

 折しも校庭では、2人の警官が生徒たちに交通ルールを指導していた。と、そこに銃声がパン、パン、パンと鳴り響く。
「やや、賊の襲撃か!?」
 とは普通は思わない。なにしろ、ここはいつも平和な小学校なのだ。当初は化学の実験か何かの音だと思ったという。ところが、やがてこれに悲鳴が加わる。すわ、一大事。警官たちは騒ぎの方向に駆けつけるが、不幸なことに彼らは武装していなかった。そのためにうちの1人、ギスベルト・ベックが死亡した。
 結局、5人が死亡、14人が負傷、うち5人が重傷の大惨事になった。そして、この手の事件ではお約束の「犯人の自殺」という結末で幕を閉じた。

 犯人の名はカレル・カヴァ。チェコからの亡命者だった。12年前に西ドイツに逃げ延び、心理学の研修員をしていたが、ここ数年はフランクフルトでタクシーを運転していた。それ以上のことは殆ど何も判っていない。動機は全く不明である。

(2010年1月20日/岸田裁月) 


参考文献

『THE ENCYCLOPEDIA OF MASS MURDER』BRIAN LANE & WILFRED GREGG(HEADLINE)


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