パトリシア・コロンボ
フランク・デルーカ

Patricia Columbo & Frank DeLuca (アメリカ)



パトリシア・コロンボ(1976→2006)

 1976年3月7日、シカゴ警察はサウスサイドでフォード・サンダーバードが乗り捨てられているのを発見した。登録者はエルク・グローヴ・ヴィレッジに住む「フランク・コロンボ』。早速、その住所を訪問した警察官は、3つの惨殺死体に出くわして震え上がった次第である。

 フランク・コロンボ(43)
 メアリー・コロンボ(41)
 マイケル・コロンボ(13)

 いずれの遺体も酷い有り様だった。
 主たるフランクは居間で仰向けに倒れていた。後頭部を銃で4発も撃たれ、歯が飛び出している。その上、鈍器で殴られて頭蓋骨が陥没。凶器は傍らに転がるトロフィーである。胸は刺し傷だらけで、火をつけた煙草を揉み消した痕もあった。
 妻のメアリーは浴室のドアの前で倒れていた。目と目の間を1発撃たれている。その上、喉を掻き切られ、ガラスの花瓶で頭を繰り返し殴打されていた。ナイトガウンははだけ、パンティーは足首まで脱がされていたが、強姦はされていなかった。
 息子のマイケルは2階の寝室で睡眠中を襲われていた。やはり撃たれて、頭を殴られて、刺されている。刺し傷は80ケ所以上にも及んでいた。
 いずれも尋常じゃない殺し方である。金目の物が盗まれていないことからも怨恨の線が濃厚だ。

 警察が注目したのはコロンボ家唯一の生き残り、娘のパトリシア(19)である。彼女は2年ほど間に家を出て、薬剤師のフランク・デルーカ(38)と同棲していた。
 パトリシアと連絡を取った警察は、当初から彼女に疑念を抱いていた。担当の捜査官は語る。

「家族を殺されたのだから、現場に駆けつけるのが当り前じゃないですか。ところが、彼女は現場には向かいもしなかったんです。至って落ち着いた様子で警察署に出頭して、家族はマフィアに殺されたと申し立てたんですよ」

 パトリシアの両親は同棲には反対だった。否。娘を誑し込んだデルーカを憎んでさえいた。両者の関係は一触即発の状態だったのだ。
 捜査が進むにつれて、パトリシアがデルーカとの乱れた性生活(スワップやオージーを含む)に溺れていたこと、そして色仕掛けで2人の男に両親の殺害を依頼していたことが判明した。結局、この2人が断ったので、愛人と共に犯行に及んだのだ。
 かくしてお縄となった両名は、3件の殺人で有罪となり、それぞれに300年の刑が下された。現在もなお服役中である。

(2009年3月8日/岸田裁月) 


参考文献

『THE ENCYCLOPEDIA OF MASS MURDER』BRIAN LANE & WILFRED GREGG(HEADLINE)


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