キャスリン・イングランド
Kathryn England (アメリカ)


 フランクリン・イングランドと妻のキャスリンは、テネシー州の片田舎で煙草農場を経営していた。結婚生活は25年目を迎え、近隣ではおしどり夫婦として知られていたが、その実際はそうでもなかったようだ。
 1982年3月某日土曜日の早朝、イングランド家の隣人はキャスリンの扉を叩く音に起された。
「こんな早くにどうしたんだい?」
「お願いだからうちに来て! 夫がおかしいのよ!」
 イングランド家の浴室では、フランクリンが血の海の中で倒れていた。
「なんてこった! こりゃ死んでるぞ!」
 直ちに警察が呼ばれたことは云うまでもない。

 寝室のベッドの上には血だまりが残されていた。その傍らには27口径のライフルがある。つまり、フランクリンはベッドの上で被弾して、ヨタヨタとよろめきながら浴室まで移動し、そこで絶命したことになる。
 当初は自殺かと思われていたが、その可能性はやがて否定された。銃弾は心臓をわずかに逸れていた。そのために即死ではなかったのだが、至近距離からの発砲で心臓を撃ち損じることなどあり得るだろうか? また、拳銃自殺の場合、ほとんどが頭を撃ち抜いている。確実に死ねるからだ。心臓を撃ち抜く例は滅多にない。
 寝室内を捜索したところ、天井に小さな穴があった。その横にはもう1つ穴があり、今は塞がれている。穴の近くの屋根裏からは22口径と27口径のライフルが押収された。つまり、これが凶器というわけだ。本件は自殺を偽装した殺人だったのである。

 犯人は自ずとキャスリンということになる。検察側の主張は以下の如し、
「被告は近年、若いつばめをこさえて頻繁に遊び歩いていた。夫のフランクリンを煩わしく思った被告は、自殺を偽装して殺害することを思いついた。ところが、被告には如何せん、銃を撃った経験がない。そこで、まず22口径で練習を重ねた。その時の穴が今は塞がれている穴だ」
 寝室の床には22口径の銃弾がめり込んでいた。
「そして、本番では確実に死に至らしめるために27口径を用いたが、心臓を撃ち損じてしまった。かつては愛した夫が悶え苦しむさまを被告は屋根裏から傍観していたわけであり、極悪非道この上ない」

 これに対してキャスリンはこのように弁明した。
「たしかに屋根裏のライフルは私のものですが、庭を荒らすムクドリを撃退するために使っていたのです。夫を殺すためではありません。寝室の床にあった銃弾は、弾を装填中に過って撃ってしまったものです」
 この弁明が通らぬと悟るや、彼女はコロコロと供述を変え、遂には「夫を起すために発砲しました」などと供述する始末。これには弁護人も呆れ果て、罪を認めた上でフランクリンが如何に極悪非道であったかを訴えかける戦術に変更した。曰く、被告は毎日のように殴られていた云々。夜は異常な性行為を強要されていた云々。しかし、キャサリンを診察した医師は、その供述を裏づけるDVの痕跡を見つけることは出来なかった。

 かくして屋根裏の狙撃者、 キャスリン・イングランドは夫殺しの容疑で有罪となり、終身刑を宣告された。もし銃弾が心臓に命中し、フランクリンが即死だったならば自殺と認定されただろうか? いや、それはないだろう。現在の法医学では至近距離から撃たれたものであるか否かは解明できるのだから。

(2010年2月9日/岸田裁月) 


参考資料

『LADY KILLERS』JOYCE ROBINS(CHANCELLOR PRESS)


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