クレール・レイモン
Claire Reymond (フランス)


 

 クレール・レイモン(25)は明白な殺意をもって夫の愛人を殺害した。にも拘らず無罪になった。何故か? 「Crime Passionnel(激情による犯罪)」と認められたからである。しかし、彼女の犯行には計画性が窺える。一時の激情に駆られての犯行と認定していいものか? 無罪判決は行き過ぎだったのではなかろうか?

 クレールが15歳年上の実業家、ポール・レイモンと結婚したのは4年前、1888年ことである。1年ほど海外を渡り歩き、1890年にはパリに落ち着く。やがてクレールは嬉しい再会を果たした。幼馴染みのイヴォンヌ・ラシモンである。女の子を出産したばかりのイヴォンヌは、クレールに「ゴッドマザー」になってくれと依頼した。断る理由はなかった。以降、2組の夫婦の円満な交際が始まった。

 雲行きが怪しくなり始めたのは1年ほど経過した頃だろうか。まず、イヴォンヌの夫婦仲が悪くなった。夫の不甲斐なさ、面白みのなさを嘆くようになったのだ。そして、そのことをポールに相談するうちに、次第に2人の関係は密接になって行ったのである。
 クレールがイヴォンヌのことを疑い始めたのは、ポールと3人で劇場に出掛けた帰りのことだった。タクシーが街灯のそばを通った時、ポールとイヴォンヌが手を繋いでいる様が一瞬見えたのだ。
 えっ? これってどういうこと?
 2人が浮気しているってこと?
 まさか、まさか。そんなことあり得ないわ。
 クレールは見間違えだと自分に云い聞かせたが、やがて新たな証拠に出くわした。それは指輪代の請求書だった。
 こんなに高価な指輪、私知らないわ。
 ひょっとしたらイヴォンヌに贈ったんじゃないかしら。

 クレールが涙ながらに詰め寄ると、ポールは渋々ながらも浮気を認め、今後は二度と会わないことを約束した。イヴォンヌもまた約束した。しかし、それは嘘だった。その後も2人は関係を続けた。
 一方、イヴォンヌの夫のもとには、妻の不貞を密告する匿名の手紙が届けられた。差出人がクレールであるか否かは不明だが、とにかく彼は独自に調査を始め、やがてポール・レイモンとイヴォンヌが義母の家で密会していることを突き止めた。
 彼にはまだイヴォンヌに未練があった。故に別れたくはなかったのだが、ついつい口論の末に平手でビンタしてしまう。2人の仲は修復不可能だった。家を飛び出したイヴォンヌは、間もなく離婚訴訟を提起した。

 その1ケ月後の1892年5月23日、クレールはポールとの昼食の約束をすっぽかされた。
 ひょっとしたら彼はまだイヴォンヌと会ってるんじゃないかしら。
 実はクレールには以前から気になっているものがあった。ポールの書斎にある鍵が掛かった旅行鞄だ。中に私に見られたくないものがあるに違いない。早速、錠前屋を呼んで開けさせると、中から出て来るわ、出て来るわ、イヴォンヌからのラブレターが数十通。その中にはアパートの賃貸契約書もあった。日付はごく最近で、借り主は「ポール・レイモン」となっている。
 あんちくしょう、イヴォンヌを囲いやがったな!
 カッとなったクレールは、タクシーで契約書に記載されている住所に乗りつけ、3階まで駆け上がると問題の部屋の呼び鈴を何度も押した。反応はなかった。だが、ここにいるのは間違いない。はて、どうしたものか…。そうだ。イヴォンヌの夫をダシに使おう。たった今、怒り狂った彼がこちらに向かっていますよとメモに書き留め、それを扉の下から中に差し入れたのだ。しばらくして扉が開き、中からポールが現れた。
「おい、これは本当か!?」
「本当よ。彼、人を雇って調べたみたい」
 今来られては大変だ。ポールは階下に駆け下り、見知らぬ男が訪ねて来ても中に入れないようにと管理人に頼み込んだ。
 かくして今や1人の男を巡って敵対する2人の女が1つの部屋で対面した。クレールはその時の模様を法廷でこのように語っている。

「私は感情の高まりを抑えることは出来ませんでした。彼女はベッドの中にいたのです。しかも、ほとんど裸で…。私は彼女を非難しました。『どうしてそんなに恥知らずなの!? あなたにはあんなによくしてあげたのに!』。すると、彼女は嘲るように云いました。『彼は本当にあなたのものかしら?』。私は理性を失いました。気がついたら、彼女を銃で撃っていました」

 リボルバーからは5発の銃弾が発射され、うちの1発がイヴォンヌの腹部に命中した。その後もクレールはナイフで切りつけている。殺意は明白である。そして、イヴォンヌが息絶えたところで、唖然とするポールを横目に逐電。その足で警察署に出頭し、事の次第を打ち明けた。

 このケースにおける突っ込みどころはここ。
「どうしてクレールはリボルバーとナイフを所持していたのか? 当初から殺す気まんまんだったのではないか?」
 この問いに対して彼女は検察官にこのように答えた。

「私が生まれたハイチでは物騒なので、女子供が武器を携帯することは護身のための日常でした。その習慣が今でも残っていたのです」

 だが、凶器のリボルバーは夫のものだ。この抗弁は通らないのではないか?
 それでもクレールが無罪になったのは、法廷においてイヴォンヌからのラブレターの文面が暴露されたからだ。その中でイヴォンヌは、自分のことを「正妻」と呼び、ポールがクレールと寝ることを「不快極まりない」と断言していたのだ。
 つまり、クレールは陪審員の同情ゆえに無罪となったのである。たしかに、彼女は同情すべき人物ではある。しかし、罪は償うべきである。冒頭で述べた通り、無罪判決は行き過ぎである。

(2011年6月11日/岸田裁月) 


参考文献

『LADY KILLERS』JOYCE ROBINS(CHANCELLOR PRESS)


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