マーク・ラウントゥリー
Mark Andrew Rowntree (イギリス)



マーク・ラウントゥリー

 ヨークシャー在住のマーク・ラウントゥリーは、連続殺人犯には珍しく、裕福な中流家庭に生まれた。家庭には何の問題もなく、成績も悪くなかった。大学にも進学できた筈だが、彼はバス運転手になることを選んだ。
 そんな彼にもたった一つだけ問題があった。統合失調症、いわゆる精神分裂病を患っていたのである。彼は全女性が自分を嫌っているとの妄想を抱えていた。どうやら学生時代に女子に交際を申し込んで断られたことが原因らしい。以来、彼の妄想は徐々に膨らみ、そして19歳の時に遂に爆発したのである。

 1975年12月31日、ビングリーにあるグレース・アダムソン宅のドアを叩いたラウントゥリーは、刑事と偽って安心させて、玄関に入るや否や彼女の胸にナイフを突き刺した。計7回。うち2回は心臓を貫いた。初仕事に大いに満足したラウントゥリーは、地元のパブに寄ると一人祝杯を上げたという。

 3日後の1976年1月3日、またしても殺しの衝動に駆られたラウントゥリーは、新しいナイフを買い求め、獲物を求めてさまよい歩いた。そしてバス停に一人の少年が佇んでいるのを目にすると、ゆっくりと近づいて行った。
 16歳のスティーヴン・ウィルソンは即死ではなかった。警察に犯人の特徴を告げてから死亡した。
「20歳前後の男。肩まである黒髪。黒いジャケットにショルダーバック」
 この情報がニュースで報じられると、一人のタクシー運転手が名乗り出た。同じ特徴の男を現場付近で乗せたというのだ。彼の案内により下手人の住所と名前が割れたわけだが、その時には犠牲者の数は2人増えていた。

 1976年1月7日、雑誌広告を通じてモデル志望のバーバラ・ブースと知り合ったラウントゥリーは、カメラマンと偽ってリーズの住まいに訪問し、3歳の息子共々刺し殺した。そして、自宅に戻って来たところを逮捕された。僅か1週間で4人も殺し、そして逮捕されたのだから、連続殺人としては随分コンパクトな事件である。

 ラウントゥリーは素直に罪を認め、あともう1人だけ殺したかったと悔んでいた。
「5人殺せば、尊敬するドナルド・ニールソンと並ぶじゃないですか」
 ドナルド・ニールソンとは「ブラック・パンサー」の異名で知られる強盗殺人犯である。こんなものを尊敬している時点でオツムがイカレていることが判る。かくして責任能力が著しく欠落していると判断されたラウントゥリーは、故殺(manslaughter)で有罪になるに留まり、ランプトン精神病院に収容された。

(2009年2月25日/岸田裁月) 


参考文献

『連続殺人紳士録』ブライアン・レーン&ウィルフレッド・グレッグ著(中央アート出版社)


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