ブランシュ・ライト
Blanche Wright (アメリカ)


 例えば『キル・ビル』のような女の殺し屋は、現実には滅多なことでは存在しない。しかし、いることはいる。このブランシュ・ライトがその一人だ。

 1980年1月21日、ブロンクスのアパートに住むコロンビア移民の麻薬密売人、フェリペ・ロドリゲスの部屋をノックする者がいた。ピープホールから覗くと、若い黒人女性が立っている。
「用は何だ?」
「ヤクを少し分けて欲しいの」
「ヤクか。ちょっと待ちな」
 ロドリゲスがチェーンを外して扉を開けると、出し抜けに黒人の男が割って入った。男はロドリゲスを銃で脅して這いつくばらせ、手足を縛り上げた。そこに愛人のマーサ・ナバスが現れて、涙ながらに命乞いする。
「お前はちょっとこっちに来い」
 男はマーサを隣の部屋に連れ込んで、サイレンサー付きの銃で頭に3発撃ち込んだ。お次はロドリゲスの番だ。彼の頭にも1発撃ち込んだところで、騒ぎを聞きつけた隣人のルイス・マーティンが現れた。彼も同様に始末すると、男は女と共に現金と麻薬を奪ってズラかった。その際にロドリゲスの頭にもう1発お見舞いし、とどめを刺すことも忘れなかったが、幸運にも彼だけは一命を取り留めた。

 その2週間後、ニューヨーク州マウント・キスコの路上で麻薬密売人のマーシャル・ハウエルが黒人カップルの刺客に襲われた。用心棒のサム・ネビンを従えて取引現場まで向かう途中で銃撃されたのだ。ところが、刺客の男の方がトチってしまった。銃がバカになってしまったのだ。そして、その場で用心棒に射殺された。すると、今度は女の刺客が猛然と反撃して来た。その余りの勢いに用心棒は逃げ出した。さあ、困ったのはハウエルだ。命ばかりはお助けをと一応は嘆願してみたが、女は顔色一つ変えなかった。そして、彼の額に銃口を押し当てて引き金を引いたのだった。

 冷酷な女の殺し屋がいるとの評判はニューヨーク中を駆け巡った。黒人女の殺し屋といえば『コフィー』や『フォクシー・ブラウン』のパム・グリアが思い出される。いい女だった。そして、いい女だからこそ殺しのシーンが引き立つのだ。クエンティン・タランティーノが彼女に捧げた『ジャッキー・ブラウン』はいい映画だ。原作とは異なるラストがいい。何度観ても泣けてしまう。
 ええと、何の話だっけ?
 ああ、そうだ。ブランシュ・ライトだった。彼女もまたいい女だったとコリン・ウィルソンは記している。写真は遂に手に入らなかったが、私の中ではパム・グリアに似ているということで話を進めよう。

 間もなく射殺された彼女の相棒の身元が割れた。ロバート・ヤング。2件の殺人の他、11歳の少女への強姦を含む諸々の犯罪で服役中に脱走していた札付きのワルだ。その遺体の引き渡しを求めていた叔母の居所を捜査官が訪ねたところ、門口に顔を出したのがブランシュ・ライト(21)だった。手配書の人相書きにそっくりだ。そこで捜査官はカマをかけた。
「あんたの発砲が遅れたから相棒は死んだんじゃないか?」
 すると彼女は向きになってこう答えた。
「何云ってるの!? ハウエルを殺したのは私の銃よ!」
 つまり、彼女は勝気な性格ゆえに墓穴を掘ったのである。

 彼女の生い立ちには確かに同情の余地がある。母親はアル中で、7歳の頃から養父に性的な虐待を受けていた。その養父は、彼女を犯している最中に心臓発作で腹上死している。これでは心が歪んでしまうのも宜なるかな。そして、ロバート・ヤングのようなワルの情婦になったのが運の尽き。殺し屋風情に身をやつしたのである。

 逮捕当時、妊娠中だったブランシュは、出産を待って裁かれて、ハウエル殺しで18年から終身刑、マーサ・ナバスとルイス・マーティンの件で15年から終身刑を云い渡された。現在はどうなっているのやら、ネット上にも記述がない。

(2009年5月9日/岸田裁月) 


参考資料

『現代殺人百科』コリン・ウィルソン著(青土社)


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