エリザベス・マーサ・ブラウン
Elizabeth Martha Brown (イギリス)



エリザベス・マーサ・ブラウンの処刑

 エリザベス・マーサ・ブラウン(45・旧姓クラーク)の二番目の夫、ジョン・ブラウンは20歳近くも年下で、故に彼女の財産目当てで結婚したのではないかと噂されていた。また、この男は相当な遊び人で、3年前の結婚当初から夫婦喧嘩が絶えなかった。

 1856年7月22日未明、毎度のことながら午前様のジョンにエリザベスが噛みついた。
「あんた、またあの女と会っていたんでしょ!」
「うるせえや! 俺が誰と会おうと勝手だろ!」
「勝手なもんですか! ちくしょう! あたしの金で遊び歩きやがって!」
「てやんでえ! それの何が悪いんだ!」
「悪いも何も、この甲斐性なしのコンコンチキ!」
「甲斐性なし」の一言には相当カチンと来た。ジョンは鞭を手に取ると、エリザベスに思いっきり振り降ろした。
「痛ッ! 何しやがるんだい、この野郎!」
 エリザベスも近くにあった斧を手に取ると、ジョンの頭に思いっきり振り降ろした。
 あ〜あ。殺っちゃったあ。
 エリザベスはその日のうちに逮捕された。警察には「夫は馬に蹴られたために頭が割れたのです」と弁明したが、信じる者は誰もいなかった。ドーセット州ブロードウィンザーでの出来事である。

 かくして殺人容疑で有罪となり、死刑を宣告されたエリザベス・マーサ・ブラウンは、翌月の8月9日に絞首刑により処刑された。彼女はドーセット州で最後に公開処刑された女性であり、4千人近くの観衆の中には当時まだ16歳のトーマス・ハーディーがいた。彼はこの時の経験を元に『ダーバヴィル家のテス』を書いたと伝えられている。

(2012年10月6日/岸田裁月) 


参考資料

http://www.murder-uk.com/
http://en.wikipedia.org/wiki/Elizabeth_Martha_Brown
http://www.capitalpunishmentuk.org/browne.html
http://eotd.wordpress.com/2008/08/09/9-august-1856-elizabeth-martha-brown/


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