ジェフリー・マクドナルド
Jeffrey MacDonald (アメリカ)



ジェフリー・マクドナルド

 1970年2月17日未明、ノースカロライナ州ファイエットヴィル近郊に位置するアメリカ最大の軍事基地、フォート・ブラッグでの出来事である。
 午前3時42分、憲兵隊に緊急通報が入った。

「助けてくれ! キャッスル・ドライヴ544だ。刺された。急いでくれ!」
(Help ! 544 Castle Drive. Stabbing. Hurry !)

 電話の主は陸軍の特殊部隊、グリーン・ベレー在籍の医師、ジェフリー・マクドナルド(26)だった。4人の憲兵は直ちに現場へと向かった。
 玄関のドアはロックされていた。いくら呼べでも返事がない。已むなく裏口に回ると、そこのドアは開いていた。中に入った彼らはキッチンを通り抜け、主寝室に踏み込むなり息を飲んだ。床に血みどろの女性が仰向けで横たわっていたのだ。マクドナルドの妻、コレット(26)だった。彼女は鈍器で頭を殴られ、ナイフで16回、アイスピックで21回も刺されていた。
 その脇には寄り添うように、パジャマのズボンだけを身につけたマクドナルドが俯せで倒れていた。彼にはまだ息があった。憲兵たちが介抱すると、彼は弱々しい声でささやいた。

「子供たちを見てくれ」
(Check my kids.)

 2人の子供はそれぞれの寝室のベッドの上で殺害されていた。
 姉のキンバリー(5)は鈍器で頭を殴られ、ナイフで10回刺されていた。
 妹のクリステン(2)に至っては、ナイフで33回、アイスピックで15回も刺されていた。幼い子供にこれほどの危害を加えるとは…。マトモな人間の犯行とは思えなかった。

 マクドナルドの供述によれば、事件はこのようなものだった。
 その晩、マクドナルドは居間の長椅子で寝ていた。クリステンが彼のベッドでおねしょをしてしまったためだ。やがて彼は妻の悲鳴で起こされた。目の前には4人の見知らぬ侵入者が立っていた。うちの1人は女だった。ブロンドのロングヘアーで、つばが広いフロッピー・ハットを被り、その手には火が灯ったロウソクが握られていた。
 3人の男たちはマクドナルドに殴り掛かってきた。彼は訳が判らぬままに応戦したが、如何せん多勢に無勢。パジャマの上着を引き裂かれ、頭から脱がされて、両手首に絡みつく状態になった。それを楯にしてナイフやアイスピックによる攻撃をかわしていたが、別の男に頭を一撃されて意識を失った。
 意識を取り戻した時には、侵入者たちは立ち去っていた。彼はよろめきながら立ち上がり、主寝室へと向かった。そして、妻の無惨な遺体を発見した。彼は上着を脱いで、妻の胸元を覆ってから、子供たちの寝室に向かった。やはり無惨な有り様だった。彼は3人に人工呼吸を施したが、息を吹き返すことはなかった。朦朧とする意識の中で憲兵隊に通報した彼は、再び意識を失った。
 ヒッピーのような風体の女は、このように繰り返し呟いていたという。

「LSDってイカすわ。豚どもを殺せ」
(Acid is groovy. Kill the pigs.)

 この供述を裏づけるかの如く、主寝室のベッドのヘッドボードには血で「PIG」と書かれていた。これには激しく既視感を覚える。マクドナルドの供述が事実ならば、半年ほど前に起こったチャールズ・マンソンの事件にそっくりではないか。
 当時のフォート・ブラッグ近郊にもヒッピー村が存在し、2千人近くがたむろしていた。マクドナルド家の惨劇もマンソン・ファミリーのようなヒッピーの仕業なのだろうか?

 ところが、捜査を担当した陸軍犯罪捜査部(CID)はマクドナルドの供述には懐疑的だった。何故なら彼自身は殆ど無傷だったからだ。目立つ刺し傷は左胸に1つだけだったのである。一方、マンソン・ファミリーの場合は誰彼問わずに皆殺しだ。この違いは大きい。ヒッピーの犯行であったとして、どうして彼らはマクドナルドを殺さなかったのだろうか? コレットたちが「豚」ならば、マクドナルドもまた「豚」な筈なのに。

 乱闘があったとされる居間がそれほど荒らされていなかったことも疑惑の種となった。倒れている家具はコーヒーテーブルのみだったのだ。しかも、そのコーヒーテーブルは、実際に倒してみると同じようには倒れなかった。天板が重いので、いくらやっても逆立ちしてしまい、横倒しにならないのだ。本当に乱闘で倒れたのか? マクドナルドが意図的に横倒しに配置したのではないだろうか?
 その他の乱闘の痕跡らしきものは、植木鉢の花々がなぎ倒されていることぐらいだったが、これまた奇妙な現象である。どうして植木鉢ごと倒れていないのか? 乱闘があったならば、植木鉢ごと倒れているのが道理である。

 居間の床にはコーヒーテーブルに積まれていた雑誌が散乱していた。うちの一册がCID捜査官の関心を惹いた。それは『エスクワイヤ』紙の最新号で、表紙には「カリフォルニアに棲む悪魔』との大きな見出しがあった。チャールズ・マンソンとそのファミリーの犯行を特集した雑誌だったのだ。マクドナルドはこの記事の影響を受けて、マンソン・ファミリーのようなヒッピーによる犯行を偽装したのではないだろうか?
 翌日、捜査官はマクドナルドの親しい友人のケン・ハンセン中尉から、このような供述を引き出した。
「事件の2日前の夜、マクドナルドの家を訪問したところ、彼は『エスクワイヤ』紙の特集記事について夢中になって語り始めました。『実にワイルドじゃないか!』と」
 その2日後に同宅で類似事件が発生したのである。偶然にしては余りにも出来過ぎている。

 やがてマクドナルドが着用していたパジャマの繊維についての鑑識結果が報告されると、彼への疑惑は確信に変わった。居間で引き裂かれた筈のその上着の繊維は、居間では見つからなかったにも拘らず、主寝室や子供たちの寝室で見つかったのである。
 ここでマクドナルドの供述をおさらいしておこう。意識を取り戻したマクドナルドは、主寝室で妻の遺体を発見し、パジャマの上着を脱いで、その胸元を覆った。故に主寝室でパジャマの繊維が見つかるのは道理である。だが、問題はここからだ。マクドナルドは上着を脱いだ状態で子供たちの寝室に行ったと供述している。これが事実ならば、パジャマの繊維が子供たちの寝室から見つかる筈がないのだ。もう脱いでいるのだから。

 かくしてCIDはこのような結論に至った、その夜、マクドナルドは居間の長椅子でテレビを観ているうちに寝てしまった。やがて目覚めた彼は主寝室に行き、次女のクリステンがおねしょをしてベッドの片側を濡らしてしまっていることに気づいた。それを巡って妻コレットと諍いが始まり、常軌を逸したマクドナルドはゴルフクラブで妻の頭を殴りつけた。この騒ぎにキンバリーが目を覚まし、主寝室に入って来た。これをもゴルフクラブで殴り殺し、マクドナルドはようやく我に返った。
 大変なことをしてしまった…。どうしたら犯行を隠蔽できるのだろうか?
 そうだ! あのヒッピーどもの仕業にしてしまえばいいんだ! マクドナルドはキッチンナイフとアイスピックで何度も切りつけ、すやすやと眠るクリステンも殺害して、自らの保身を図ったのである。
 凶器のゴルフクラブとキッチンナイフ、アイスピックは全て裏口近くに遺棄されていた。その全てがマクドナルド家にあったものだった。



ジェフリー・マクドナルドとコレット

 2ケ月半後の5月1日、CIDはジェフリー・マクドナルドを殺人容疑で告発した。ところが、予備審問はCIDの思惑通りには行かなかった。憲兵隊による初動捜査が如何に杜撰であったかが次第に明らかになったのだ。
 まず、十数人の憲兵が現場を土足で踏み荒らし、手袋もつけずに室内を触りまわったおかげで、足跡や指紋等、マクドナルドに有利に働いたかも知れない証拠が台無しになってしまった。
 また、コーヒーテーブルは隣接する椅子にぶつかれば横倒しになるし、植木鉢も当初は倒れていた。では、CIDが現場検証した時にはどうして倒れていなかったのか? 実は、或る几帳面な憲兵が元の位置に戻してしまっていたのだ。杜撰にもほどがある。
 更に、マクドナルドが運び込まれた病院では、彼が着ていたパジャマのズボンが廃棄処分にされていた。これも重要な証拠の筈なのに。

 弁護人のバーナード・シーガルは、こうした杜撰さを指摘する一方で、侵入者が実在したことを立証しようとした。事件の晩、何人もの住人がヒッピー風の若者(うち1人はブロンドの女)を付近で目撃していたのだ。
 例えば、ジョン・ミルン中尉はこのように証言した。

「あの晩は土砂降りの雨が降っていました。私は自宅でプラモデル作りに熱中していました。真夜中近くに小止みになったので、気化した接着剤を戸外に逃がすために窓を開けました。数分後、窓の外から声が聞こえてきました。こんな時間に誰だろうと戸外を覗くと3つの人影が見えました。彼らは白いシーツを身にまとい、真ん中が女で両側が男。全員がロウソクを捧げるように持っていました」

 3人はマクドナルドの自宅があるキャッスル・ドライヴ方面に向かっていたという。
 また、通報を受けて現場に向かった憲兵の一人、ケネス・マイカも途中でフロッピー・ハットを被った若い女を目撃している。つまり、事件の晩、マクドナルドが供述した通りの怪しげな若者たちが付近をウロついていたことは事実なのだ。

 加えて、ヒッピー村に住むウィリアム・ポージーは「フロッピー・ハットの女」と思われる人物について証言した。名前はヘレナ・ストークリー。ブロンドのかつらとフロッピー・ハットを好んで被っていたという。

「事件があった晩の午前4時頃、目を覚ました私は浴室に向かいました。すると1台の車が私道を猛スピード走り抜けて、隣りの家の前で停まりました。やがて男たちの高笑いが聞こえました。気になった私は玄関のドアから顔を出すと、マスタング・マック1から降りるヘレナの姿が見えました。他には少なくとも2人の男がいたと思います。
 それから1週間後、ヘレナが警察に尋問されたことを聞きました。2月17日の朝は何処にいたのか訊かれたそうです。彼女は『メスカリンでラリっていたので何も憶えていない』と答えてやったわと云っていました」

 この後、ポージーは彼女と事件を結びつける重要な証言をする。

「マクドナルド家の葬儀が行われた日、ヘレナは黒いドレスに身を包み、黒い靴を履き、ヴェールで顔を覆い、自宅のドアに葬送の花輪をかけて、喪に服していました」

 これが事実ならば、彼女が事件と無関係とは思えない。
 では、ヘレナ・ストークリーたちの犯行であったとして、その動機はいったい何だったのか? この点、フォート・ブラッグの医療施設に勤務するジェイムス・N・ウィリアム大尉はこのように証言した。

「マクドナルド大尉はドラッグ常用者たちのグループ治療カウンセラーをしていました。そして、これは下士官の一人から聞いた話ですが、彼らは仲間たちがドラッグ常習のかどでCIDに密告されていると信じ、マクドナルド大尉がその情報を提供しているという噂が流れていました」

 このことはつまり「密告者への復讐」という動機があり得たことを示唆していた。
 弁護人のシーガルは極めて優秀だった。CIDが作り上げたシナリオをことごとく論破し、真犯人が他にいる可能性を立証してみせたのだ。唯一「パジャマの繊維」の件だけは論破出来なかったが、それでも十分だった。「疑わしきは被告人の利益に」の原則からすれば、以下の裁決は当然だ。

「ジェフリー・マクドナルド大尉に対する告発及び起訴事由は、真実と異なる故に却下するものとする」

 かくしてジェフリー・マクドナルドは自由の身となった。1970年11月13日のことである



ジェフリー・マクドナルド(1985年頃)

 その後、マクドナルドは軍を除隊し、1971年7月にはカリフォルニア州ロングビーチに移り住み、セント・メアリー・メディカル・センターで内科医として働き始めた。極めて優秀な医師だったという。トーマス野口は著書『検死解剖』の中で、マクドナルドのことを絶賛する知人の言葉を引用している。

「彼は現在、1日10時間から14時間という激務をこなしている。自分を必要としている患者がいれば、何時だろうとすべてを投げ出して病院に駆けつける男なんだ。同時に医師会にも協力を惜しまない」

 野口氏が「それは素晴らしいことだ」と述べると、知人は続けた。

「それにしても、まるでジョークみたいな話だ。ロングビーチで彼を最も高く買っているのが警察本部なんだ。史上稀にみる残酷な謀殺罪で裁かれた男が、今や警察お気に入りのペットというわけだよ。なにしろ彼のために義損金パーティーまで主催してるんだ」

 野口氏は最後の言葉に驚いて、マクドナルドが何故に金を必要としているのか訊ねた。すると知人は、

「訴訟費用だよ。おや、ご存じなかった? マクドナルドの妻方の縁者にうるさいのがいて、政府に圧力をかけ、事件の再審理に持ちこんだんだ」

「妻方の縁者」とはコレットの継父、アルフレッド・カッサブと、実母のミルドレッドのことである。夫妻は当初はマクドナルドのことを支援していたが、その後の彼の態度に不審を抱き、遂には真犯人と確信したようなのだ。
 野口氏が「二重の危険(double jeopardy)に該当するんじゃないのか?」と訊ねると、知人はこう答えた。

「マクドナルドもそう申し立てているが、彼が無罪になったのは軍の予備審問で、公判の場じゃないから、二重の危険は適用されないと縁者たちは主張している」

「二重の危険」とは「同一事件について確定した判決がある場合、その事件について再び審理することは出来ない」という刑事訴訟法上の「一事不再理」の原則である。たしかに、予備審問は告発が正当か否かを裁定するものであり、確定した判決は出ていない。だから、形式上は一事不再理の原則には反しないのだ。しかし、実質上はどうなのか? 一事不再理の原則に反していると思うのだが…。


 それでもマクドナルドの裁判は1979年7月16日に始まった。
 このたびは検察側のFBI法医学チームが陪審員を圧倒した。彼らはまず予備審問ではあまり争点にならなかった「子供たちの寝室で見つかったパジャマの繊維」を取り上げて、「パジャマの上着を脱いで、妻の胸元を覆ってから、子供たちの寝室に向かった」とのマクドナルドの証言に疑問を呈し、その上でパジャマの上着に残されていた48ケ所のアイスピックの穴を、巧妙に折り畳むことでコレットに残されていた21ケ所のアイスピックの傷と一致させたのだ。さすがFBI、という感じである。
 検察側が立てた筋書きはこうだ。マクドナルドはコレットをゴルフクラブで殴った後、2人の子供を殺害し、パジャマの上着をコレットに被せて、アイスピックで殺害した。この立論は一見、筋が通っている。陪審員も納得し、ジェフリー・マクドナルドは有罪を評決されて、終身刑が宣告された。

 しかし、トーマス野口氏は「公正な裁判ではなかった」と明言している。
 まず「パジャマの繊維」の件だが、読者諸君は「病院でマクドナルドが着ていたパジャマのズボンが廃棄処分にされていた」ことを憶えておられるだろうか? そして、そのズボンも太腿から膝にかけて破れていたとされている。だとすれば、子供の寝室で「パジャマの繊維」が発見されたとしても何ら不思議ではないのだ。
 また、「48ケ所のアイスピックの穴」に関してはまったくのでっち上げである。実はそれ以前に法医学者が穴の「イン」と「アウト」を綿密に調査していたのだが、それを21ケ所に絞る過程で「イン」と「アウト」がデタラメになっていたのである。

 法廷には「フロッピー・ハットの女」ことヘレナ・ストークリーも証人として出廷したが、彼女は犯行への関与を一切否定した。しかし、私には彼女が無関係とは思えない。彼女はその後、マスコミのインタビュー等で関与を仄めかし、実行犯の実名さえも挙げているのだ。
 ちなみに、ヘレナは1983年1月14日に死亡している。死因はドラッグの過剰摂取だった。

 私はジェフリー・マクドナルドは無実だと思っている。彼には妻子を殺害する理由がない。
 マクドナルドは現在もなお再審を争っている。

(2012年11月4日/岸田裁月) 


参考資料

『検死解剖』トーマス野口(講談社)
『世界犯罪百科全書』オリヴァー・サイリャックス著(原書房)
『THE ENCYCLOPEDIA OF MASS MURDER』BRIAN LANE & WILFRED GREGG(HEADLINE)
http://en.wikipedia.org/wiki/Jeffrey_R._MacDonald
http://www.trutv.com/library/crime/notorious_murders/family/jmacdonald/1.html


BACK