ジリアン・ロビンス
Jillian Robbins (アメリカ)



ジリアン・ロビンス

 1996年9月17日午前6時30分頃、ペンシルベニア州ステイトカレッジ在住のジリアン・ロビンス(19)は、ライフル銃と9発の銃弾、そしてナイフで武装してペンシルベニア州立大学に向かった。その日は雨が降っていたので、ライフルはレインコートの下に隠していた。
 ちなみに、彼女は同大学の学生ではなかった。ただハンティングの場所に選んだだけだった。

 やがてヘッツェル・ユニオン・ビルディング脇の灌木に身を隠した彼女は、通りかかる学生たちに目掛けて5発の銃弾を発砲した。午前9時30分のことである。
 まず倒れたのがメラニー・スパラ(21)だった。次いで、ニコラス・メンサー(20)が腹部を撃たれて倒れた。
 銃声を聞きつけたブレンダン・マロヴァー(21)は、灌木から硝煙が立ち上っているのを見咎めた。狙撃者は女だった。そして、今まさに新たな銃弾を装填している。ブレンダンは勇敢にも彼女に飛びついて、それを阻止した。彼女はナイフで抵抗したが、結局、自らの太腿を負傷する形で捕縛された。
 メラニー・スパラとニコラス・メンサーの両名は直ちに病院に運ばれたが、メラニーは助からなかった。
 なお、後日、他にも2人の学生が標的になっていたことが判明した。彼らのバックパックに銃弾がめり込んでいたのだ。幸いにも中の教科書が防弾チョッキの役割を果たしたのである。

 逮捕されたジリアンは「自殺するつもりでした」と供述している。
「銃弾を装填していたのは、自殺するためでした」
 では、何故に銃撃したのかと問われると、答えは極めて曖昧だ。
「判りません。私にもさっぱり判りません」
 彼女は精神的に極めて不安定だったとの証言もある。おそらく、何らかの精神疾患を抱えていたのだろう。

 結局、ジリアン・ロビンスは1件の殺人と4件の殺人未遂の容疑で有罪となり、30年から60年の刑が宣告された。しかし、彼女に必要なのは刑罰よりも精神的な治療だと私は思う。

(2012年12月19日/岸田裁月) 


参考資料

http://en.wikipedia.org/wiki/Hetzel_Union_Building_shooting
http://www.nytimes.com/1996/09/18/us/penn-state-shooting-is-fatal-to-student-woman-is-arressted.html
http://www.collegian.psu.edu/archive/2011/09/16/HUB_shooting_fifteen_years.aspx
http://voicesweb.org/archive/cu/bulletin.html


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