ヘンリー・シーモア
Henry Daniel Seymour  (イギリス)



 伝えられている事実だけを積み上げると、とても奇妙な事件である。行き当たりばったりとしか思えない。「こんな殺人者がいるのかねえ」と呆れてしまう。『世界犯罪クロニクル』もこんなトボケた書き出しで事件を伝えている。

「8月に、電気掃除機のセールスマンのヘンリー・シーモアは、単に何でも見つけしだい盗もうとして、オックスフォードに住む54歳のアニー・ケンプソン夫人を殺害した」

「単に何でも見つけしだい盗もうとして」の部分に事件の間抜けさが凝縮されている。計画性のかけらも感じられないのだ。

 とにかく1931年8月4日、独り暮らしの未亡人、アニー・ケンプソンの遺体が発見された。彼女は鈍器で頭を殴られ、鋭器で喉の奥を突かれていた。

 近所を聞き込みして回った警察は、やがてアンドリュース夫人から有力な情報を得た。犯行の前日、シーモアと名乗る電気掃除機のセールスマンが訪ねて来て、このように切り出したというのだ。
「実は川辺で泳いでいる間に財布を盗まれてしまったんです。いくらかお金を貸して頂けないでしょうか?」
 親切なアンドリュース夫人は金を貸した。男は礼を云って去って行ったが、しばらくして戻って来た。
「実は最終バスに乗り遅れてしまいまして、誠に申し訳ないのですが、今晩泊めて頂けないでしょうか?」
 見ず知らずの他人だというのに図々しい男がいたもんである。夫人が独り暮らしだったら泊めることはなかっただろう。しかし、彼女には夫がいたので、仕方なく泊めてあげた。男は玄関に茶色の小包を置いたまま就寝した。夫人が念のためにその中身を確認すると、新品のハンマーとノミが入っていた…。
 おおっ、鈍器と鋭器のセットではないか!
 翌朝、男は小包と共に去ったわけだが、ケンプソン夫人の家はそこから10分とかからない距離にあった。この男が犯人とみて間違いないだろう。

 しかし、それにしても彼はどうして金を借りる等、不可解な行動を取ったのだろうか?
 思うに、当たりをつけていたのだろう。ところが、未亡人だと思っていたら夫がいた。そこで仕方なく素泊まりするに留まったのではないだろうか。だとすれば、あまりにも間抜けな盗人だ。ただ小銭をくすねて、一晩寝ただけなのだから。

 近隣の金物屋を聞き込みして回った警察は、間もなくハンマーとノミを売った店を特定した。店主が供述した買い主の風体は、例の男のそれと完全に一致した。
 また、例の男は以前、ケンプソン夫人に電気掃除機を売っていたことが判明した。つまり、男は本当に電気掃除機のセールスマンで、ケンプソン夫人とは顔見知りだったのだ。

 一方、オックスフォード近郊のエールズベリーでは、ホテルの宿泊代を支払えない男の客が、カタとしてスーツケースを差し出していた。支配人が中身を確認したところ、衣類と共にハンマーとノミが入っていた。それは犯行に用いられた凶器に間違いなかった。

 かくして、身元が割れたヘンリー・シーモアは全国指名手配され、8月15日に逃亡先のブライトンで逮捕された。そして、12月10日に絞首刑により処刑されたわけだが、あんた、証拠残し過ぎ! 殺人者失格である。

(2012年11月9日/岸田裁月) 


参考資料

『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)
http://www.murder-uk.com/
http://murderpedia.org/male.S/s/seymour-henry.htm


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