人肉風呂事件


 

 殺人事件ではないが、トンデモない事件なので紹介しよう。

 明治22年(1889年)10月頃、滋賀県甲賀郡長野村字神山での出来事である。土葬されて間もない墓が掘り起こされて、遺体の首が奪われるという何とも猟奇的な事件が発生した。
 当初は野犬の類いの仕業かと思われていたが、現場の状況からして人間の仕業に間違いない。早速、捜査を始めた村の巡査は、神山房吉甚太郎の両名が疥癬と疳瘡(性器にできる伝染性潰瘍)に罹り、予てから「人肉風呂が効くらしい」などと近隣の者に語っていたことを聞きつけ、神山宅に急行した。案の定というべきか、風呂場から異様な臭いが漂っている。中を浚うと人間の歯と頭髪が発見されたという。

 当時はまだ「人肉が業病に効く」との迷信が信じられていたようだ。類似の事件が数多く発生している。併せてここで紹介しておこう。

 明治26年(1893年)3月、三重県鞆田村の高島久次郎は、土葬したばかりの小児の死体を掘り起こし、蒲焼きにして食べたという。重禁錮3ケ月、罰金5円也。

 明治35年(1902)年2月、大阪府東成郡黒江町の小三郎という名の墓番が、遺体の首を切断し、密売していた事件が発覚した。その用途については不明のままだが、当時の大阪では「生首の黒焼き」が薬用として販売されていると噂されていた。

 明治41年(1908年)3月、三重県四日市の小林助五郎(69)と小林広松(62)の隠亡兄弟が、これまでに何百という遺体を解体して、脳漿を抉り、脂を取り、骨粉を製して売買していた事件が発覚した。小林兄弟は自分たちもこれを嗜み、
「人の脂を飲まないと、その日は一日具合が悪い」
 などと嘯いていたというから、いやはやなんとも驚きだ。

(2009年5月19日/岸田裁月) 


参考資料

『日本猟奇・残酷事件簿』合田一道+犯罪史研究会(扶桑社)
『別冊歴史読本・日本猟奇事件白書』(新人物往来社)


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