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  極めてユニーク且つ複雑な事件である。そこでいったい何があったのか、誰が主犯だったのかは結局、明らかにされなかった。 
 
 1946年3月半ば、トロントの南西ハミルトン付近の山間部で、頭部と手足を切断された男性の胴体が発見された。手元にその写真があるが、まるでトルソのようである。 
 どうやって身元を突き止めたのかは参考文献には記されていないが、とにかく、その胴体はハミルトン市内を走るバスの車掌、ジョン・ディック(39)のものと判明。彼はまだ24歳の未亡人、イヴリン・ホワイトと結婚したばかりだった。 
 
 2人の結婚生活は普通ではなかった。新婦は新郎と同居することを拒み、母親の家で暮らしていたばかりか、ウィリアム・ボホザックという愛人と公然とイチャついていたのだ。 
 イヴリンが別居していた背景には、彼女の父親ドナルド・マクリーンの影響があるようだ。新郎のジョンと同じバス会社に勤めていたドナルドは、彼のことを猛烈に毛嫌いしていたのだ。 
 ちなみに、ドナルドも妻(=イヴリンの母親)とは別居中だった。もう、ややこしいなあ。 
 
 とにかく、普通じゃない家庭で起こった普通じゃない事件である。常識では計り知れない部分がある。警察に尋問されたイヴリンは、供述を二転三転させた挙げ句に、ようやくボホザックと父ドナルドと共謀して夫を殺害したことを認めた。 
「残りの遺体は何処にある?」 
「夫の家の地下室にあります」 
 その通りに残りの部分を見つけた警察は、もう一つ、余計なものまで見つけてしまった。それはセメント詰めにされた乳児の遺体だった。 
 
「誰の子だ?」 
「私の子です」 
「父親は誰だ?」 
「判りません」 
「誰が殺った?」 
「夜泣きをするのに腹を立てたボホザックが絞め殺しました」 
 
 とりあえず、ジョン・ディック殺しの容疑で起訴されたイヴリンは、一審では有罪となったが、控訴審では父親のドナルドが主犯であることを力説、一転して無罪となった。しかし、乳児殺しについては有罪となり、終身刑を宣告された。 
 一方、ウィリアム・ボホザックは証拠不十分のために無罪放免、ドナルド・マクリーンも事後従犯と認定されて5年の懲役に留まる。 
 つまり、ジョン・ディック殺しに関しては誰も主犯として罪に問われなかったのである。 
 まだまだ謎の多い事件ではあるが、深追いするとこっちのアタマまでおかしくなる。適当なところで切り上げるべきだろう。 
 
(2007年12月1日/岸田裁月)  
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