イスラエル・リプスキ
Israel Lipski
a.k.a. Israel Lobulsk (イギリス)



遺体発見現場

 誠に奇妙で不可解な事件である。

 ここはロンドンの貧民窟、イーストエンド。ミリアム・エンジェル(18)は夫のアイザックと共にバティー・ストリートにある3階立てのアパートの2階に住んでいた。
 1887年6月28日午前11時頃、彼女の義理の母親がその部屋を訪ねたところ、ミリアムはなんとベッドの上で冷たくなっていた。口のまわりには奇妙な黄色い染みがある。医師の診断によれば、腐食性の毒(硝酸)を口にしたことが死因とのことだった。
 ちなみに、彼女は妊娠6ケ月だった。

 毒の出所を探ろうと室内を捜索した警察は、意外なものを見つけて肝を潰した。ミリアムのベッドの下に男がいたのだ。やはり口のまわりに黄色い染みがある。いったい何があったんだ、この部屋で?
 男にはまだ息があった。すぐさま病院に運ばれて、やがて話せるまでに回復した彼は、自らをイスラエル・リプスキ(22)と明かした。ミリアムと同じアパートに住んでいるポーランド系のユダヤ人である。

 彼が語ったところによれば、2人の同僚にハメられて毒を飲まされたのだという。しかし、その2人にはミリアムとリプスキを殺す動機がない。そこで検察はこのような筋書きを立てた。日頃からミリアムに岡惚れしていたリプスキは、彼女の部屋に忍び込み、契りを結ぼうとした。ところが、これに失敗したために自棄になり、彼女に毒を飲ませて殺害し、自らも自殺しようとした…。

 ちょっと無理があるシナリオだなあ。予め毒を用意していたということは失敗することを想定していたわけで、そんな夜這い(夜じゃないけど)ってあるだろうか? そもそも夜這い(夜じゃないけど)に失敗したぐらいで、相手を殺して自殺するだろうか? 状況的にあり得ない事件であり、正直云って私にもさっぱり判らない。

 それでもリプスキは殺人容疑で有罪となり、1887年8月21日に絞首刑により処刑された。その背景には当時のロンドンにおけるユダヤ人差別が指摘されている。私もリプスキが公正な裁判を受けたとは思えない。謎がまるで解決されていないのだ。
 どうしてリプスキはベッドの下で自殺を図らなければならなかったのか?
 この問いに答えなければ、彼を有罪にすることは出来ない筈だ。

(2012年10月27日/岸田裁月) 


参考資料

『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)
http://www.murder-uk.com/
http://en.wikipedia.org/wiki/Israel_Lipski
http://www.executedtoday.com/2012/08/21/1887-israel-lipski/
http://www.truecrimelibrary.com/crime_series_show.php?id=399&series_number=3


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