3. 黒衣の女

 バレンチノついでにもう一つ、バレンチノの死にまつわるこんなインチキを御紹介しよう。
 ルドルフ・バレンチノは今日をしてなおカルトな人気を誇る希代の色男であるが、彼の伝説をより神秘的にしているのが「黒衣の女」の存在である。「黒衣の女」とは、毎年8月23日になるとバレンチノの墓前に跪き、涙と薔薇の花を残して立ち去る謎の喪服の女のことである。そして、驚くべきことに、彼女はバレンチノの死後75年を経た今日でもなお出没している。

 事の発端は1928年、バレンチノの死から二年を経た8月23日の命日に遡る。喪服に盛装した正体不明のこの女性は「銀幕の恋人」の墓前に跪き、深く祈りを捧げたかと思うと、誰とも口をきかずに立ち去った。この模様を偶然にフィルムに収めた者がいた。映画製作者ラッセル・バードウェルである。彼はそのフィルムを早速《ハリウッドの裏側》という記録映画に使用した。ナレーションは以下の如く。

「彼女は毎年8月23日になると、夜明けと共に訪れて、朝靄と共に消えて行く。彼女の正体を知る者はいない。彼女は知られたくない筈だし、また我々も知るべきではない」。

 勘のいい読者ならもうお判りであろう。その通り。「黒衣の女」はバードウェルのヤラセだったのである。彼は自分の映画をドラマチックに盛り上げるため、見知らぬ少女に金を払って墓前に跪かせたのである。つまり、バードウェルは、ヤコペッティを初めとする「モンド映画」(インチキ記録映画)の元祖だったのである。


 ところが、現実とは面白いものである。「黒衣の女」はバードウェルの手を離れ、一人歩きをし始めた。翌年から毎年のように、実在の「黒衣の女」が、しかも、何人も出没したのである。1938年には「黒衣の女」伝説はピークに達した。そして、多くのプレスがその正体を突き止めようと夜明け前から待ち伏せた。
 最初に現われた「黒衣の女」はデブちゃんだったのでやり過ごされた。これでは絵にならないからだ。二人目はガリガリ。これもまたやり過ごされた。そして三人目。おおっと。これはいい女。しかも運転手付だあっ。プレスは彼女に殺到し、しかし、来年もこのネタで稼ぐためにその名の公表は差し控えられた。そんな訳で「黒衣の女」の正体は依然謎のままである。だから、貴女でも今年から伝説の「黒衣の女」になることが出来る。但し、情報操作が行われていることはお忘れなく。「黒衣の女」であるためには、エレガントなブルジョア美人でなければならないのである。