可愛い娘の命には代えられない。パティの父君はとりあえず200万ドルを用意し「富の再分配」事業に取りかかった。ところが、事業が始められて10日後の4月3日、父君母君はおろか世界中がアッと驚く事態が発生した。
 パティがSLAの「同志」になってしまったのである。

「私は本日をもってシンバイオニーズ解放軍の同志となることをここに誓う。私は以後、私自身の自由と、そして黒人の自由のために闘うことを使命とする」。

 後に他の「同志」が明かしたところによれば、彼女は「陸軍元帥」に強姦され、その過程で洗脳されたとのことだった。

「私は残りの人生を決して豚どもと共に暮らすような真似はしない。ハースト家のような豚どもとはッ」。

 ちょっと前の「パパ、ママ」の語調は何処へやら、彼女の勇敢な写真がカセットテープに添えられていた。SLAの旗の前でマシンガン構えて立つパティ。あら、この娘ももう立派な大人ねえ、などと喜んでいる場合ではないッ。SLAはオウム真理教と同様、単なる犯罪結社なのである。
 ちなみに、オウム真理教といいマンソン・ファミリーといいSLAといい、洗脳型の犯罪結社においては一様に「もう一つの名前」が同志たちに与えられる。パティは「タニヤ」の名を授かった。少なくとも「ウッパラバンナー」よりはカッコいい名前である。その他の洗脳仲間は以下の通り。

「ファハイザ」ことナンシー・ペリー 元トップレス・ダンサー。27歳。
「クジョー」ことウィリアム・ウォルフ。高名な医者の息子。22歳。
「ガビ」ことカミリア・ホール。ルター派の牧師の娘。24歳。
「ゾヤ」ことパトリシア・ソルタイスク。パティと同じバークレー大学の学生。
「ジェリナ」ことアンジェラ・アトウッド。
「テコ」ことウィリアム・ハリス。元海兵隊員。
「ヨランダ」ことエミリー・ハリス。ウィリアム・ハリスの妻。



 

 さあ、マスコミは騒然とした。なにしろ超タカ派で有名な、あのイエロー・ジャーナリズムの新聞王ハーストの孫娘が、こともあろうにテロリストになっちまったのである。これほど面白いことはない。ハースト家に恨み辛みのあるジャーナリストは五万といる。ここは大いに笑いたいところだが、そこはプロだから自粛して、しかし、この世紀の大イベントを盛大に演出した。
 SLA側も世間の期待を裏切らない。続いて送られてきたテープには、ハースト家に対する侮蔑と罵倒、そして、婚約者スティーブンへの個人攻撃が満載されていた。

「あの男はクソ豚の性差別者だった。あいつは女を性の道具としか思っていなかった。私は貞操を蹂躙されて、性の奴隷と化した。あいつと暮らしたことは、私の生涯最大の汚点であった」。

 おいおい、そこまで云うかよお、とも思ったが、あまりにも面白過ぎるので、全マスコミのマイクがスティーブンに集中した。
「あなたは本当に性差別者なのですか 」。
 そんなことは事件とはまったく関係のないどうでもいいことだったが、面白過ぎるので誰もマスコミの人権蹂躙を責めなかった。



 スティーブンがマイク攻撃に泣きベソをかいている頃、パティの事件はとてつもなく面白い方向に進行していた。
 パティの「宣誓」から12日後の4月15日、サンフランシスコ郊外にあるハイバーニア銀行の防犯カメラが世にも珍しき光景を映し出した。颯爽とマシンガンを構えるパティ・ハースト。彼女は強盗団の一味として、遂に犯罪の檜舞台にデビューしたのであった。
 彼女は後に、あの時は銃で脅されて已むなく片棒を担いだと弁明した。しかし、現場に居合わせた者は、彼女のこのような言葉を耳にしている。

「少しでも動いてごらんッ。脳天にお見舞いするからねッ」。

 うわあ。《パルプ・フィクション》のオープニングみたいなカッコいいセリフ。

「床に伏せなッ。 あたいたちを馬鹿におしでないよッ」。

 三人組強盗団の構成員を立派に演じたパティは(残りの二人は「テコ」と「ヨランダ」のハリス夫妻)、今やSLAからは「信頼できる同志」、FBIからは「犯罪者」の烙印を押されるに至った。FBIの全国指名手配はパティのパパやママを苦しめたが、パティからの犯行声明がこれに追い討ちをかけた。

「私は何人からも強制された訳ではない。自らの意思に基づき、自らの判断で行動したのである。私の役割は客や警備員のホールド・アップであった。もちろん、私の銃は弾丸が装填されていた。いつでも脳ミソを粉砕するだけの準備は私には出来ていた」。